第百二十七話 これからも一緒に
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「んん〜、やっぱりサーモンは美味しいね!」
綾香は晴翔から分けてもらった海鮮丼を一口食べ、とろけたような幸せな表情を浮かべる。
「マグロも食べていいよ」
「本当に? じゃあ一口もらっちゃお」
綾香は嬉しそうにマグロを口に運び「美味し〜」と幸福感溢れる笑みを浮かべる。そんな彼女の笑みを眺めながら、晴翔は綾香の注文したアジフライを一口かじる。
サクッと弾ける衣の中に、ふわっとしたアジの身からは旨味の詰まった脂がジュワっと溢れ出し、舌の上に広がる。
美味しいアジフライに満足している事が表情に出ていたのか、対面に座り晴翔の食べる姿を眺めていた綾香が「ふふ」と小さく笑みを溢す。
「美味しい?」
「うん。めっちゃ美味い」
「もっと食べてもいいよ?」
「でもアジフライ二枚しかないけど?」
「美味しいアジフライを食べるよりも、美味しそうにアジフライを食べる晴翔を見ていたいから大丈夫」
「そ、そうですか……」
ニコニコとした表情と共に紡がれた綾香の言葉に、晴翔は嬉しさと羞恥心が入り交じった複雑な心境に陥る。
晴翔は綾香からの視線を感じながら、二枚あるアジフライのうち、一枚をなんとか食べきる。
「ん、ありがとう。美味しかったよ。綾香は、もうマグロとサーモンは大丈夫?」
「うん、お裾分けしてくれてありがと」
お互いに礼を言い合った後、晴翔はアジフライ御膳と贅沢マグロサーモン丼を入れ替える。
「うん、これも美味しい」
マグロとサーモンを白米と一緒に食べた晴翔が、満足げに頷く。
対面に座る綾香も、アジフライを一口齧り幸せそうな表情を浮かべていた。
美味しい料理に舌鼓を打ちながら、満腹感と共に刺身丼を完食した晴翔。
食後のお冷を一口飲んで綾香の方を見ると、彼女が食べ終わるのにはもう少し時間が掛かりそうであった。
相変わらず幸せそうな緩んだ表情で食べている綾香。
そんな彼女を見て、晴翔はふとある事を思い立ち、それを実行に移す。
彼は少しだけ身を乗り出すと、食事をする綾香の事をジッと見詰め始める。晴翔の行動にまだ気が付いていない綾香は、小鉢に入っている漬物を食べた後、みそ汁のお椀を持って一口すする。
と、そこでお椀越しに晴翔と目が合った綾香。
ようやく晴翔の行動に気が付いた彼女は、みるみると顔を赤くしていく。
「ど、どうしたの晴翔? もしかして顔にご飯粒ついてる?」
晴翔にジッと見詰められている事に気がついた綾香は、僅かに動揺した様子を見せる。
そんな彼女を彼は尚も見つめ続けながら答える。
「いや、ただ美味しそうにご飯を食べる綾香が可愛くて見詰めてるだけだから、気にせずにお食事をお楽しみください」
「き、気にしちゃうんだけど……」
晴翔の言葉に、綾香は耳まで赤くして小さく呟く。
それでも見詰めてくることを止めない彼に、綾香は恥ずかしそうにしながらも、食事を再開する。しかし、晴翔の視線が気になるのかチラチラと彼の方に目を向ける。
それから少しだけ食事を進めた綾香であったが、やはり耐え切れなかったようで「降参です」と弱々しく声を上げる。
「そんなに見詰められたら恥ずかしくて食べられないよ……」
「俺はさっき綾香に見詰められ続けたよ?」
「うぅ、だって美味しそうに食べる晴翔が可愛かったんだもん」
「俺だって、幸せそうに食べる綾香が魅力的なんだけど?」
「っ……」
晴翔の口から発せられる『魅力的』という言葉に、綾香は嬉し恥ずかしといった様子で肩を揺らす。
そして、その恥ずかしさを紛らわす為なのか、僅かに残っていた漬物を箸で掴むと、それを晴翔の口元に運ぶ。
「……はい」
「ん、ありがと」
唐突に『あーん』をしてきた綾香の謎行動に、晴翔は笑みを浮かべると共にパクッと口元の漬物を食べる。
「もっといる?」
「ううん、大丈夫」
晴翔は漬物をゆっくりと咀嚼しながら首を横に振ると、ようやくジッと彼女を見詰める事を止める。
「今度、アジフライ作ろうかな」
「晴翔が作ったアジフライ食べたい」
綾香はそう言いながら、残っていたアジフライを全て食べて「美味しい」と表情を綻ばせた。
早めの昼食を済ませた晴翔と綾香は、その後も色々と見て回ってテーマパークを存分に楽しむ。
定番のイルカショーでは、器用に芸をこなすイルカたちに魅了され。カワウソの餌やり体験では、綾香の掌に置かれた餌に、必死に手を伸ばすカワウソの姿にメロメロになる。触れ合いコーナーでは、ネコザメの背中を撫でた綾香が、その新鮮な肌触りにはしゃいだような笑みを浮かべ、その様子に晴翔は癒された。
本物の恋人同士になって初めてのデート。
それは二人にとってとても楽しく、流れ落ちるように時間が過ぎていく。
「ねぇ晴翔。次はここ行こ?」
「いいよ」
綾香は無邪気な笑顔で晴翔の手を引く。
綾香に手を引かれ向かった先には、巨大な水槽の中を横切る透明なトンネルがあった。
水槽の底にアーチ状のトンネルがあり、その中から優雅に泳ぐ魚やイルカたちの姿を観察する事が出来る。
「わぁ! 綺麗だね!」
「だね。なんかダイビングをしてる気分になれるね」
「ね!」
まるで海底散歩をしている感覚になっている晴翔と綾香。
二人は、トンネル越しにすぐ近くまで寄って来たイルカを見上げる。
「イルカを下から見るのは初めてかも」
イルカもトンネルの中にいる晴翔達の姿に興味があるのか、クルクルとすぐ近くを行ったり来たりしている。
「確かに。なんか幻想的な雰囲気だよね」
水槽の上部には青空が広がっており、そこから降り注ぐ陽光が、揺れる水面に反射してキラキラと宝石のように輝いている。
「ねぇ晴翔」
「ん?」
名前を呼ばれ、晴翔はイルカに向けていた視線を彼女に向ける。
「楽しいね!」
「うん、楽しいね」
晴翔が笑顔を返すと、綾香は幸せそうに微笑む。そして、身体ごと晴翔の方を向いた。
「これからも、二人でいろんな所に行ったり、いろんな事をしたり、一緒に沢山想い出を作っていこうね!」
空から降り注ぐ光が、水の中に幾つもの光の筋を作りだし、その間をイルカたちが優雅に舞い踊る。色とりどりの珊瑚の周りには、様々な魚が泳ぎまわり、豊かな風景を作り出している。
そんな幻想的な雰囲気に包まれた綾香は、いつにもまして可愛く、綺麗で、魅力的に晴翔は感じる。
「うん、そうだね。これからも一緒に」
晴翔は愛しい彼女の手を握ると、そっと自分の方に引き寄せ、目の前に広がる幻想的な光景を目に焼き付けるように、ゆっくりと歩きだした。
ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー
窓から差し込む夕陽に染まった電車内。
晴翔と綾香はピッタリと寄り添いながら座る。
「あーあ、あっという間にデートが終わっちゃったなぁ」
綾香は名残惜しそうに言うと、膝の上に乗せているメンダコのぬいぐるみをそっと撫でる。
「あのテーマパーク、思ってた以上に楽しかったね」
晴翔はそう言って、修一達へのお土産が入っている紙袋を握り直す。
「次来る時は、涼太君も連れてきたら凄く喜びそう」
「きっと、ずっとはしゃぎっぱなしだと思うよ?」
「涼太君の喜ぶ姿は、見てると癒されるから問題ないよ」
涼太の太陽のような満面の笑みを思い出し、晴翔は小さく口元に笑みを浮かべ、紙袋の中に視線を落とす。
そこには、彼へのお土産に買ったイルカのぬいぐるみが入っている。
「でもそうなると、晴翔を独占できなくなっちゃうのが問題なんだよね」
そう言って綾香は、メンダコのぬいぐるみをギュッと抱き締める。
ちなみに、彼女が持っているぬいぐるみは、お土産を選んでいる最中に発見したもので、完全に綾香が一目惚れをして即購入したものである。
「なら、また二人でデートをすればいいんじゃない?」
「うん、いっぱいデートする」
ぬいぐるみを抱き締めたままの彼女の姿に、晴翔は冗談だと分かるように、少し大袈裟に唇を曲げて言う。
「綾香。俺、そのメンダコに嫉妬しそう」
「え?」
晴翔の冗談に、彼女は自身の胸の中にいるぬいぐるみを見下ろした後に「ふふっ」を笑みを溢す。
「なら、これでいい?」
そう言って綾香はメンダコを膝の上に戻すと、代わりに晴翔の腕を掴んでギュッと胸に抱き寄せる。
「……いい、けど……少し恥ずかしい」
幸いな事に、晴翔達がいる車両は比較的空いており、車両内にいる人達も皆スマホを見ているか俯いて寝ていて、二人を気にしている様子は無い。
綾香は晴翔の腕を抱き締めたまま、コテンと自分の頭を彼の方に乗せる。
「今日は最高に幸せな日だったなぁ」
囁くように呟く綾香。
耳元でこぼれた彼女の言葉に、晴翔はくすぐったいような幸せを感じながら、電車に揺られる。
テーマパークに向かう時は、そこそこ長く感じた電車の移動が、帰りはあっという間に感じた晴翔。
東條家の最寄駅からは、綾香と手を繋いでテーマパークの事を話しながら歩いていると、すぐに家の前に到着してしまった。
「ただいまー」
「ただいま」
晴翔と綾香が揃って玄関に入ると、リビングから勢いよく涼太が走ってきた。
「おねえちゃん! おにいちゃん! おかえりなさい!!」
涼太はズダダダッ! と廊下をダッシュしてくると、晴翔達の前で急停止する。
「デート楽しかった? おねえちゃんは、ちゃんとおにいちゃんと愛をはぐくんだ?」
「え!? ええ、ちゃんと育んできたよ?」
つぶらな瞳で尋ねてくる弟に、綾香は若干ドギマギしながら答える。
純粋な涼太のストレートな物言いは、さすがの綾香もまだ恥ずかしいようである。
「涼太君、お土産買ってきたよ」
「ほんとにッ!?」
晴翔の『お土産』という言葉に、涼太は嬉しさのあまり、その場で小さくピョコピョコと飛び跳ねる。
「はい、これがお土産」
「わぁ! イルカのぬいぐるみ!!」
晴翔からぬいぐるみを受け取った涼太は、それを両手に抱えると「おかあさん!! おにいちゃんがおみやげくれたッ!!」と、再びダッシュでリビングへと姿を消す。
相変わらずの涼太の様子に、晴翔と綾香は顔を見合わせた後に笑みを交わしてリビングに向かった。
リビングに入ると、キッチンでは清子が夕食の準備をしていて、いい匂いが広がっていた。
そして、リビングでは涼太が郁恵にイルカのぬいぐるみを見せていた。
「みてみておかあさん! イルカのぬいぐるみだよ!」
「よかったわねぇ。ちゃんと晴翔君にはお礼を言った?」
郁恵がそう言うと、涼太はハッとした表情を見せた後、急いで晴翔の元に駆け寄ってきた。
「おにいちゃん! おみやげありがとう!!」
「どういたしまして。あとね、そのおみやげは、お姉ちゃんも一緒に選んでくれたんだよ」
「おねえちゃん、おみやげありがとう!!」
「どういたしまして。大事にしてね」
「うん!!」
涼太は大きく頷くと早速、戦隊ものの人形とイルカのぬいぐるみで遊び始める。
どうやらイルカは、戦隊ヒーローと対峙する悪の組織役らしい。
「晴翔君、どうもありがとうね」
涼太の様子に微笑まし気な笑みを浮かべる郁恵が、晴翔にお礼を言う。
「いえ。あ、郁恵さんと修一さんにもお土産を買ってきたので、後で食べて下さい」
晴翔は紙袋から、イルカを形どったクッキーが入っている箱をテーブルの上に置く。
「まぁまぁ! ありがとうね」
ニッコリと笑みを浮かべる郁恵に、晴翔は小さく頭を下げると、今度はキッチンへと向かった。
「ばあちゃんにもお土産買ってきたから食べてね」
「あらそうなのかい? ありがとう」
「うん。それと、夕食作り手伝うよ」
晴翔はそのまま清子の横に立って、夕飯作りの手伝いを始める。
それを見ていた綾香も、キッチンへやってくる。
「清子さん。私もお手伝いします」
「あら綾香さん、ありがとう。じゃあ、こっちのお野菜をお願いしてもいいかい?」
「わかりました」
キッチンでは晴翔と綾香、清子の三人が夕飯を作り、リビングでは涼太が楽しそうに遊び、それを郁恵が面倒を見ている。
賑やかな東條家のでの日常。
この生活は始まって間もないが、それでも晴翔はこの家が『帰ってくる場所』と少しずつ感じるようになっていた。
お読み下さり有難うございます。
今朝、週刊少年ジャンプで家事代行のラブコメの連載が始まったという情報を耳にして滅茶苦茶驚きました。
もしかして、家事代行ラブコメって流行ってるんですかね(・・?




