第百十八話 定番のアレ
更新が遅くなり申し訳ございません。
人生初のコロナに感染してました……。
綾香の部屋で行われている勉強会。
その息抜きとして始まった王様ゲームは、なかなかの盛り上がりをみせる。
ゲームの途中で咲が、友哉の顔を見ると爆笑してしまうという謎の発作を発症したが、想定よりもみんな王様ゲームを楽しんでいた。
「おっしゃ、俺が王様だ! じゃあ3番の人が、自信のある曲のサビを熱唱する!」
友哉が意気揚々と王様の命令を下すと、3番と書かれた割り箸を持つ綾香が「えぇ」と困った表情を見せる。
彼女は暫く躊躇していたが、やがて最近流行っているバラードを歌い出す。
友哉の命令である熱唱とは程遠い歌唱であったが、恥ずかしさで頬を赤く染めながら、小さな声でしっとりと歌う綾香の姿に、晴翔はどこかグッとくるものを感じてしまう。
その次は晴翔が王様となり、彼の命令で友哉が雫のスペシャルデコピンに沈む。
その後もそれぞれが王様として様々な命令を出しゲームを楽しむ。そして、雫に3回目の王様が回ってきた。
「では皆さんもこのゲームの面白さの虜になったところで、そろそろあの命令を出しますか」
雫は自分の王冠マークの割り箸を見ながら、意味深な口調で言う。
「雫ちゃん、あの命令って?」
首を傾げて尋ねる綾香に、雫は珍しく無表情を崩してニヤリと笑う。
「王様ゲームと言えば定番のヤツです」
雫はそう言うと、テーブルの上に広がっているお菓子の中から、一つ選んでそれを綾香達の目の前にかざす。
「王様ゲームと言えばコレです。ポッキ…じゃなくてホッキーゲームです!」
雫はそう言うと、王様としての命令を発動する。
「2番と1番がホッキーゲームをする!」
彼女がそう言い放った途端に、晴翔達は急いで自分の番号を確認する。
「あ、私は3番だったわ」
「俺は4番……って事は……」
咲と友哉が自分の番号を確認した後に、その視線をそっと晴翔と綾香の方に向けた。
「さすがはハル先輩とアヤ先輩ですね。愛しの恋人同士というだけあって、持ってますね」
雫は1番と2番の割り箸を持っている晴翔と綾香に向けて、ニヤリと笑ってみせる。
「じゃあ2人とも、このホッキーの両端を咥えてください」
「ま、待って雫ちゃん! これ、本当にやるの?」
「王様の命令は絶対です。さぁさぁ、早く咥えてください」
恥ずかしさで慌てた様子を見せる綾香に、雫はホッキーを手に持ちグイグイと迫る。
「で、でもみんなの前でこれは……」
「ゲーム中、私達は目を閉じてます。これで問題なしです。いいですよね? ハル先輩」
「いやいや待て待て! てか王様ゲームを始める前に、王様の命令は常識の範囲内でって決めただろ!」
「十分常識の範囲内ですよ? 恋人同士がポッ…ホッキーゲームをするのは至って普通です。ですよねアヤ先輩?」
ホッキーを片手に持ちながら、雫は綾香に同意を求める。
それに対して、綾香は戸惑いを見せつつも、小さく頷いてしまう。
「た、確かに……仲のいい恋人同士なら、普通かも」
「ちょっ!? 綾香!?」
夏休み中、晴翔と綾香が行っていた恋人の練習。その練習内容から、彼女の恋人としての普通基準が普通ではない事が判明していたが、まさかそれがこんなところで炸裂するとは思ってもみなかった晴翔。
彼は決意の眼差しで雫からホッキーを受け取る綾香を慌てて制止する。
「綾香さんや! さすがにこれはちょっと人前でやるのはいかがなものかと!」
「で、でも晴翔君。雫ちゃんの言うとおり、仲のいい恋人同士なら、こういうゲームも普通にやるよね?」
「そうです、普通です」
綾香の言葉を後押しするかのように、雫が頷きながら言う。
晴翔は助けを求めて咲の方を見る。
「あはは、綾香って猪突猛進なところがあるからね」
晴翔の視線を受けた咲は、今の状況を面白そうに見物しながら言う。
「いやいや藍沢さん、笑ってないで親友の暴走を止めてよ」
「う~ん、無理ね。綾香の大槻君ラブなところは、私でも止められないから」
何ともあっさりと諦める咲。晴翔は次に、あまり期待をこめずに友哉の方を見る。案の定、彼は嫉妬の眼差しで晴翔の事を見つめ返す。
「東條さんとホッキーゲーム……ハルよ、爆散しろ」
もはやこの場に、このゲームを止められる者はいないと悟った晴翔。そんな彼の耳に囁くような、そして恥ずかしさで若干震える綾香の声が聞こえてくる。
「は、晴翔君……」
その声に晴翔が綾香の方を見ると、彼女は既にホッキーの片方を咥えて、真っ赤に染まった顔で晴翔の事をジッと目詰めていた。
「………………」
少しの間、晴翔は羞恥に染まった綾香の顔と、その口から伸びるホッキーの先端を交互に見て考えていたが、やがて逃げ場はないと悟る。
彼は意を決し、ゆっくりと顔を近づけホッキーを咥える為に少し口を開く。
と、その時。
羞恥心に耐え切れなくなった綾香が、バッと大きく顔を仰け反らして咥えていたホッキーを口から手に持ちかえる。
「や、やっぱりダメだよ!」
「アヤ先輩、逃げちゃ駄目ですよ」
「みんなの前でこんな事するのは、恥ずかしすぎるもん……」
「目を閉じてますよ? 私達は」
「そ、それでもだよ……」
綾香は真っ赤な顔のまま、フリフリと首を横に振る。
「そ、それに、最初にルールを決めたでしょ? 本人達が嫌がる命令は無理強いしないって」
「確かにそういうルールですけど……」
雫は探るような眼差しで綾香のことを見て言う。
「本当に嫌なんですか? ハル先輩とのホッキーゲーム」
「ぅ……イヤってわけじゃ……」
「んん?」
口ごもる綾香に、さらに追及の視線を向けてくる雫。
綾香は雫から、そしてこの状況から逃げるようにパンパンと手を叩く。
「も、もう王様ゲームは終わりですッ!! 元々勉強の息抜きで始めたんだから! 十分休憩したでしょ! ほらほら! 勉強再開するよ!」
「アヤ先輩、逃げましたね?」
「に、逃げてないよ! ほら咲も赤城君もニヤニヤしてないで勉強するよ!」
綾香は王様ゲームを強制的に終了させると、他の人達にも勉強を再開するように促す。
顔を赤くしながら必死になっている綾香を咲が見守る様な笑みを浮かべて言う。
「まぁ、家主がそう言うなら従うしかないわね」
「だな。にしても恥ずかしがる東條さんの破壊力ヤバいな。なぁハル」
咲の言葉に頷きながら、友哉は晴翔の背中を叩き綾香の可愛さを賞賛する。
晴翔は短く「あぁ」と返事をしつつ、先程のホッキーゲーム未遂のせいで上がっている心拍数を鎮めようと、平常心を意識する。
部屋の主である綾香の権限によって終了した王様ゲーム。
雫はホッキーを一本手に取り、それをポキッと一口かじってから言う。
「ホッキーゲームが見れなくて残念ですが、十分にアヤ先輩で遊べたのでヨシとします」
「私は雫ちゃんの玩具じゃないからッ!!」
抗議する綾香の言葉に他の人達の笑い声も混ざり、その後も賑やかに勉強会は進んだ。
ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー
雑談を交えながら、時には教え合ったりお菓子を食べたりして勉強をする晴翔達。
窓の外の空が、ほんのりと夕焼け色に染まりかけた頃、ノートから顔を顔を上げた友哉が、壁掛けの時計を見て言う。
「ありゃ? もうこんな時間か?」
彼のその言葉に、咲も数学の問題を切り上げて窓の外に視線を向ける。
「ほんとだ。なんか皆で勉強してると時間たつの早いね」
「そろそろおいとまします?」
雫も買ってきたチョコ菓子をモグモグと咀嚼しながら、友哉と咲に視線を送った。
「だな、あんまり遅くまでいると迷惑かけちまうし」
「じゃあ勉強会はお開きにしましょうか」
咲はそう言うと「う~ん」と頭上に腕を伸ばして大きな伸びをする。
友哉は、自分の勉強道具を片付けながら、ポンと晴翔の肩を叩く。
「サンキューなハル。お前が教えてくれたおかげで、今回のテストは全教科余裕で赤点回避だわ」
「友哉は普段から真面目に勉強すれば、普通に高得点取れんのに。もったいない」
友哉は毎回、赤点ギリギリを回避する低空飛行なテスト結果であるが、彼の地頭と要領の良さなら、ちゃんと勉強すれば成績上位に食い込めるだけのポテンシャルを秘めている。
しかし、友哉本人が学校での成績に価値を見出せない為、なかなか勉強を真面目にする機会は少ない。
「補習さえ回避できれば、俺はそれで満足なんだよ。高校生活は限りがあるからな、勉強にかまけてる暇は俺には無いのさ」
学生の本分は勉強であるという意見とは相容れない発言をする友哉に、晴翔は苦笑を浮かべる。
そこに帰り支度を済ませた雫がリュックを背負いながら「よいしょっと」と立ち上がる。
「ではアヤ先輩、お部屋を使わせてくれてありがとうございました」
「うん、私もみんなと勉強できてよかったよ」
「ハル先輩とホッキーゲームが見れなくて残念でしたけど」
「そ、それはもういいでしょ!」
その時のことを思い出して、再びほんのりと頬を赤く染める綾香。
雫は彼女の反応を見て満足した後、晴翔の方に目を向ける。
「そう言えばハル先輩、この家には先輩のお婆ちゃんもいるんですよね?」
「あぁ、今はキッチンで夕飯の準備をしてると思うけど」
「もし迷惑じゃなければ、久しぶりに挨拶していきたいのですが」
「あ、それ俺も!」
晴翔の祖母に雫が挨拶をしたいと言うと、それを聞いた友哉も「はいはい」と手を上げる。
「俺は構わないし、ばあちゃんも喜ぶと思うけど……」
晴翔はそう言って綾香の方を見る。
彼の視線を受けた綾香は『大丈夫だよ』の意味を込めて一つ頷く。
「じゃあ、皆でリビングに行こう」
綾香はそう言うと、先頭に立って部屋から出てリビングへと向かった。
晴翔達がリビングに入ると、テレビ前のローテーブルでパソコン仕事をしていた郁恵が声を掛けてくる。
「あら、お勉強会は終わったのかしら?」
「はい、郁恵ママお邪魔しました」
咲が郁恵に対して笑みで返事をすると、友哉と雫も彼女に続いて「お邪魔しました」と頭を下げる。
「うふふ、またいつでも遊びに来てね」
咲達に郁恵も笑みを返す。
そこに、キッチンにいた涼太が晴翔のもとに駆け寄る。
「おにいちゃん、お勉強おわったの?」
「うん、終わったよ。涼太君は何をしてたのかな?」
「僕はね、おばあちゃんのお手伝いをしてたんだよ!」
晴翔の質問に、涼太は『良くぞ聞いてくれました!』と言わんばかりに胸を張って答える。
そんな涼太の後から晴翔の祖母、清子がやってくる。
「あら、雫ちゃんと友哉君、久しぶりねえ」
「お久しぶりです、清子お婆ちゃん」
雫がペコッと頭を下げると、その後から友哉も朗らかな笑みと共に清子に挨拶をする。
「久しぶりです。最近ハルから腰を痛めているって聞いてたんですけど、お元気そうでよかったです」
「ありがとうねぇ。腰もね、涼太君がいろいろ手伝ってくれるから凄く助かってるんだよ」
清子は友哉の気遣う言葉に嬉しそうに目を細めると、誇らしげな表情を浮かべている涼太の頭を撫でる。
清子に頭を撫でられて「へへん」と誇らしげに胸を張る涼太。
そこに咲が一歩前に出て清子に挨拶をする。
「初めまして。私、大槻君と同じクラスメイトの藍沢咲といいます」
「これはこれはご丁寧に、晴翔の祖母の清子です」
お互いに頭を下げ合った後、咲はしゃがんで涼太と目線を合わせる。
「涼太、何のお手伝いしてたの?」
そう咲が問いかけると、涼太は冷蔵庫にマグネットで貼り付けられていた1枚の紙を持ってくる。
「これだよ!」
涼太は元気よく言うと、持ってきた紙の一部分を指差す。
その紙には『おてつだいおこづかいひょう』と大きく題名が示されており、彼が指差した場所には『おさら洗い……50円』と書かれていた。
「僕、たくさんお手伝いをして、いっぱいお金をためるんだ!」
「へぇ、なんで涼太はそんなにお金が欲しいの?」
微笑まし気な表情で尋ねる咲に、涼太は満面の笑みを浮かべる。
「おねえちゃんとおにいちゃんのためだよ! ちょっと待ってて!!」
涼太はそう言うと、何かを取りに走ってリビングから出ていく。
そんな弟の行動に、綾香はハッと何かに気が付き慌てて涼太を止めようとする。
「ちょッ! ちょっと涼太待ちなさい!」
しかし、姉の制止は時すでに遅く、涼太は大事そうに何かを胸に抱えてリビングに戻ってきた。
「ん? それは何かな涼太君?」
「これはね、おねえちゃんとおにいちゃんの、けっこんしきんちょ金箱だよ!」
彼の両手に抱えられている物に視線を向ける雫に涼太が答えると、早速説明を始める。
「おねえちゃんとおにいちゃんが結婚できないのは、お金がないからなんだよ! だから、僕もお金をためて早くおにいちゃんが僕たちの本当の家族になれるようにお手伝いしてるんだよ!」
心の底から綾香と晴翔の結婚を望んでいる涼太の姿を見て、友哉が感心した表情を浮かべる。
「年端もいかぬ子に、ここまでの決意を持たせるとは……」
友哉は至極真面目な表情で晴翔の方を見る。
「ハルよ、友人代表スピーチは俺に任せろ」
「いやだから、これは……」
「この涼太君の目を見ても冗談って言えますかいなハルさん?」
「うぐぅ……」
「ハル先輩、二次会の一発芸は私にお任せあれ」
友哉に続いて雫もサムズアップしてくるが、それに対して晴翔は何も言葉を返せなくなっていた。
咲も涼太の『けっこんしきんちょ金箱』を見た後に、ニヤニヤと綾香の方を見る。
「綾香、ブーケトスの時は私の方に投げてね」
「うぅ、涼太ぁ……」
綾香は真っ赤になった顔を両手で覆って隠す。
そこに郁恵がにこやかな笑みを浮かべてやってきた。
「はい涼太、今日もちゃんとお手伝いして偉かったわね」
そう言って彼女は、涼太の両手に抱えられている『けっこんしきんちょ金箱』に50円を入れた。
「ありがとうお母さん!」
涼太が嬉しそうにお礼を言い貯金箱を振ると、すでに溜まっている硬貨も合わさってジャラジャラと音が鳴り響く。
その音が晴翔の耳には、とても大きな音に聞こえるのであった。
お読み下さり有難うございます。




