0088:要望。
2022.04.08投稿 1/2回目
部屋には伯爵さまと、伯爵さまを護衛する男性騎士が数名にジークとリンと私だけしか居ない。先ほど居た来賓室よりも質素な部屋は、時計の秒針が動く音が聞こえるくらいに静かだ。
対面のソファーに深く腰掛けて座る伯爵さまが笑みを深めると、両膝に乗せていた片方の手を上げ、手のひらを私の方へと向ける。
「さて、大仰になってしまいましたが、これでようやく聖女さまと話が出来ますな」
「話、ですか?」
「ええ。――とても込み入った話となりますので人払いをさせて頂きました。驚かせて申し訳ありません」
「いえ」
一体なんだろうと考えるけれど、伯爵さまの行動が読めないので予測を立てることが出来ない。ジークとリンの話ならば歓迎だけれど他の話となると全く思い浮かばない。治癒は伯爵夫人に施したから、伯爵さまが病気ということではあるまい。
「ずっと口の堅い聖女さまを探していたのですが、ようやく貴女さまを見つけることができました」
貴族出身の聖女さまよりは平民出身の聖女の方が御し易いと伯爵さまは考えたのだろうか。何か伯爵さまの弱みを握ったとして、お貴族さまの方が上手く利用をするだろうけれど。私には公爵さまが後ろ盾についているので、公爵さまから吐けと告げられれば洗いざらい吐きつくさなきゃならないのだけれど、その辺りはどう考えているのだろうか目の前の伯爵さまは。
「私の症状を治すには、腕の良い使い手が良いと聞きます。――黒髪聖女の双璧と二つ名を持つジークフリードとジークリンデが護る貴女さまです。そして騎士たちからの噂も聞き及んでおりますので、腕はさぞ良いのでしょう」
伯爵さまもなにか病気を患っているようだ。見る限りは元気そうなので、病人という雰囲気は微塵も感じられないのだが。
私の治癒の腕前は、それなりのレベルだろう。上手い人は失った肢体を再生できるし、これはもう無理だと諦めた人を治すことができるもの。
自身の取り柄は魔力量の多さで数をカバーできるところだろう。
先ほどの肢体を再生できるほどの腕前を持っている人や黄泉の世界へ旅立とうとする人を引き留めることが出来る人は、その為に魔術を一度使うと魔力が空になってぶっ倒れることもあるから。
阿呆みたいな魔力量を有している私の取り柄は、術を発動できる回数の多さであって、腕前となれば普通なのだ。
「私の治癒師としての腕前はごく平凡なものです、閣下」
勘違いされても困るので正直に伝えると、ゆるゆると首を振る伯爵さま。面倒なお願いだったらどうしようと困り顔になるのを自覚すると、また彼は口を開いた。
「ご謙遜を。妻の持病は何度か他の聖女さまに診てもらったことがあるのですよ。彼女が長い月日、痛みに耐えてきたのは治癒が効かなかったことも理由にあるのです」
患者と術者の相性もあるので、たまたま合わなかっただけではなかろうか。何かを噛みしめるようにゆっくりと目を伏せる伯爵さまは、しばらくしてまたゆっくりと目を開けて私を見る。
「彼らの母親が亡くなったことは残念でなりませんが……ジークフリードとジークリンデが生きていたことには感謝しております。二人から聞きました。貴女は命の恩人なのだと」
随分と大袈裟に話を伝えられている。
「それは違います、閣下。――あの頃の私たちは弱く、罪を犯したこともあります。生きることに精一杯で、一人だけで生きていくことは叶わなかったでしょう」
今でこそ笑い話で済ませられるけれど、教会に救い上げられる前までは死ぬか生きるかの瀬戸際だった。
たった一人では生き残れなかっただろう。仮に生き残れたとしても精神的に病んでいただろうし。こうしてきちんと生きていられるのは、私に仲間がいたからである。
「いま私の後ろに控えているジークフリードとジークリンデ。そしてあの時一緒に過ごしていた仲間がいなければ私は貧民街で死に、こうして生きてはいなかった」
もちろん力尽きて死に別れてしまった子も居る。守れなかった子も居る。私たちは……私は、そんな彼らを踏み台にして生き残ったのだ。
「みんなは私を命の恩人だと言いますが、彼らは私の命の恩人。対等な仲間なんです」
聖女と騎士という明確な主従関係だから、分かり辛くはあるのは理解している。外から見ている人なら尚更だろう。まあ外面だけしか見えていない人や、見ない人には、どう思われようと関係ないけど。
「いや、驚きました。聖女さまと二人は主従だと判断していたのですが。どうやら私の目が曇っていたようだ!」
はははと笑う伯爵さま。それより話が逸れてしまった。
「閣下。本題に参りませんか?」
「――……ええ、ああ。そうですな」
ごくりと伯爵の喉仏が動くのが確りと見える。
「誠に口にし辛いのですが、私、たたなくなりまして……」
「……」
なんだか嫌な予感がしてきた。いや、うん、まあ…………本人としては大問題かもしれないが。顔を片手で覆いたくなる欲求を抑えて、伯爵さまの顔を見た。
ああ、なんだか、先程まで伯爵さまに抱いていた、それなりに高かった評価が地の底まで落ちた気がする。というかリンをこの部屋に残すんじゃなかった……。
「ええ。私の分身が、です」
言い直さなくてもわかるちゅーねん、という突っ込みは心の中だけにとどめておく。
「――ここ最近、なんだか元気がありませんで。年齢の所為もあるのかもしれませんが、まだまだ私は現役でいたいんです!」
一応それに対応している魔術があるにはある。変態が多いといわれる魔術師の誰かが必死こいて考案したのだろう。
いつまでも元気に現役でいたいという欲求は世界や時代が変わっても、不変なもののようだ。ただ、加齢に運動不足や喫煙その他もろもろの理由が原因かもしれないので、説明をしておかなければ。
「聖女さま、どうか治して頂けないでしょうか!!」
がばりと椅子から立ちあがり、机に身を乗り出して私の手を掴もうとした伯爵さまをジークが制して行動を止めた。
「伯爵閣下といえど聖女さまへ簡単に触れてはなりません。失礼かと存じますが止めさせて頂きました」
声がいつもより半トーンほど低くなっているジーク。なんで怒っているのかは不思議だけれど、正直伯爵さまの行動を止めて貰ったのは有難い。
「……ジークフリード――いや、止めて頂き感謝する、護衛殿」
「はっ! 出過ぎた真似、申し訳ありませんでした閣下」
シリアスなのかなんなのか訳の分からない状況にどうしたものかと頭を抱える私。いや、お金さえくれるなら治すけれどね。……はあ。






