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98 vs 神 二

 「天よ、楓は神にとって禁忌。そのような発言は控えられませ」


 右手の少し離れたところから、重々しい声が聞こえてきた。誰だ、と目をやると、完全武装の大男がそこにいた。

 その時になって、初めて僕は気づいた。

 その大男だけじゃない。僕をぐるりと囲むように武装した者がいる。いずれも神と思われ、その数十八。男もいれば女もいて年齢もバラバラだが、完全武装しているという点では一致していた。


 いや待て。そもそもここはどこだ?


 僕が隠れ住んでいた屋敷じゃない。少し離れたところに街の明かりらしきものがあるが、僕がいるのは闘技場のような広い場所だった。それに、夜が明けようとしていたはずなのに、空は暗く星が輝いていた。

 鈴丸に気を取られ過ぎていた。僕は一体どこへ連れてこられ、そしてこいつらは何者なんだ?


 「おや? 何も聞かないから分かっているのかと思っていたが。気づいていないだけか」


 鈴丸が笑い、空の一点を指差した。

 僕は取り囲む神々に注意を払いながら、鈴丸が指差す方を見た。


 そこに、青く光る星が見えた。


 「……は?」


 さすがに呆然とした。暗闇に浮かぶ青い星は、見惚れるほど美しい。こんな状況でなければ、酒でも飲みながら眺めたいと思うほどに。


 「まさか……ここ、月?」

 「ご名答」


 鈴丸が笑い、神々が失笑する。気づいてなかった僕を見下すその笑いが勘に触る。


 「十万年前、ここへ飛ばされてね。いやはや、なかなかに大変だったよ」


 二代目一寸法師が激戦の末、鈴丸を異世界へ飛ばしたと聞いていた。

 だけど、飛ばしたのは異世界ではなかったらしい。いや、当時の人間にとっては異世界同然だったが、現代の人間、ホモ・サピエンスにとっては、ただ遠く離れているだけの同じ世界にある場所だ。


 「なんとか生き延び、ここを神々の地として開いた。氷河期の地球で苦しんでいた神々をここへ招いたのは、私だよ」

 「なん……だって?」


 月で一人生き延び、神々が住む地とした?

 滅びに瀕した神を、その月に招いた?

 そんなことできるのか?

 たった一人で、そんなことができるのか?


 「お前……何者だ」

 「つい先ほど名乗ったと思うが?」

 「名前を聞いているんじゃない!」


 ──あれは、別次元の鬼。


 その言葉が蘇る。悪寒どころの話じゃない、背筋が凍る。

 ありえない、そんなのありえない。

 もしも僕が想像する通りなら、僕ごときを相手に出張ってくるような奴じゃない。


 「ふうむ、名前ではないとすると、何かな?」


 鈴丸がニヤニヤと笑う。

 くそっ、嬲る気か。気後れしたら負けだ、飲み込まれたらそれまでだ。なんとか隙を突いて、逃げなくては!


 「お前が先ほどまでいた国の神話なら、月読命(つくよみのみこと)


 僕が焦っているのを見て取ったのか、鈴丸の声が弾んでいる。


 「十万年前、お前が暮らしていたあたり……今ではインドと呼ぶな。そこではソーマ、あるいはチャンドラ」


 その他にも、コニヤラ、ホルス、マーニ、シン、などなど。くそ、どれもこれも月の神じゃないか。しかも主神クラス、あるいは創造神ばかりだ。


 「まあ、いろいろ呼ばれているな」

 「……古代神としては?」

 「ん? 古代神?」


 そうか、古代神と概念神の呼び名は、僕が勝手に呼んでいるだけだったな。


 「お前が呼び寄せた神には、何と呼ばれているんだよ!」

 「ああ、それか」


 鬼が笑う。

 いや、こいつはもう鬼じゃない。僕を囲む十八体の神。こいつらをよく見れば、七体の神と九体の神に分かれているのが見て取れる。

 そう、古代神の上位に位置する、七王と九部だ。人の世に干渉する神としては七王が最上位と聞く。だけどこいつは、そんな七王の上に立つ神。

 そんなの……二つのうちどちらかしかいない。


 「五天」


 鬼が右手を高々と掲げる。


 「五天が一角、鈴丸だ。悪霊よ、ここから逃げられるとは、ゆめ思わぬことだ」


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