96 vs 一寸法師 五
ミトの巨体が呪いに飲み込まれていくのを、僕は冷え切った目で眺めていた。
ズクン、と僕の中で何かが蠢く。
その何かに促されて視線を動かすと、呆然とした顔の楓が見えた。
「そこの複製」
僕の呼びかけに、楓がビクリと震えた。
「お前も死ね」
ガラリ、と呪いが動く。悲鳴を上げ、慌てて祈りを高めた楓だが、その程度の祈りで抑えられるような呪いじゃない。
ザァァァッ、と呪いが楓に襲いかかる。
娘の旅立ちを見送れなかった恨みと言ったな。
バカかお前は。
子を産み、育て、成人したのを見届けただけで十分幸せだろうが。人形が人の体を得て、愛する人との間に子を成した、その奇跡だけで満足してればよかったんだよ。
そのまま滅びろ。
お前の命は、十万年前に尽きたんだよ。
「待てや、コラ」
だけど、楓に襲いかかった呪いは、凄まじい衝撃と共に吹き飛ばされた。
まさか、と僕は目を見張った。
呪いに飲み込まれたはずのミトが、その呪いを跳ね返して立っていた。全身を青い光が覆い、襲いかかる僕の呪いをすべて跳ね返していく。
小人族の青いオーラ。
小人族の中でも真の勇者しか纏えない、鬼や神すら退けるその光が、僕の呪いを跳ね返す。
「やるじゃねえか! ぎゃはははっ、楽しくなってきたぜぇ!」
ミトが笑う。その邪悪さは鬼そのもの。ははっ、その顔で悪霊から人を守るなんて、お笑い草だよ!
「んじゃま、こっちも必殺技出すぜぇ!」
……は? 必殺技? ちょっと待て、なんだそれ!?
「ずぅおりゃぁぁぁぁっ!」
ドォン、とミトが四股を踏むと、その周囲に巨大な光の輪ができた。
半径約十メートル。その中にいた呪い人形が一気に消し飛ばされ、ミトの周りにぽっかりと穴が開いた。
「三代目一寸法師、ミトロビッチの必殺数え歌!」
ミトが雄叫びをあげ、朗々と響く声で歌い出した。
一々一切、手加減なしで
二々合切、討ち払わん
三々太陽、陽気が満ちて
四々宵闇、陰気に転ぜん
「こ……のっ!」
僕はありったけの人形を生み出し、ミトにぶつけた。だけど人形はミトに近づくことすらできず、光の輪に溶けて消えた。
デタラメ過ぎる。歌詞なんて、絶対に今、適当に考えながら歌ってるはずだ。なのに、なんなんだこの桁違いのパワーは!
五々剛力、この腕に
六々天魔、蹴散らして
七々七福、ここに集え
「ちく……しょうがっ!」
だめだ、勝てない。これ、主神クラスの神でも吹っ飛ばすぞ。なんて隠し玉持ってやがるんだ、このやろう。
僕はミトへの攻撃を諦め、ありったけの人形を作り出して盾にした。逃げる時間はない。なんとかこれでしのぎ切れるか!?
八々八卦、因果をねじ伏せ
九々如律、我が意のままに
十々承知、我こそ最強
「何が……最強だ!」
きやがれ、三代目一寸法師。十万年の呪いが伊達じゃないことを見せてやる!
「マキシマム、打出の小槌!」
ミトが打出の小槌を掲げて吠えた。巨大な木槌が金色に光り、さらに一回り巨大になる。
「あ・く・りょ・おぉぉぉぉぉっ……たいさぁぁぁんっ!」
打出の小槌が僕めがけて一気に振り下ろされる。
「この……くそったれがぁぁぁぁっ!」
その打出の小槌めがけて、呪いの人形たちが一斉に飛びかかる。
「せいやぁっ!」
「ミィトォッ! あとで覚えてろよぉぉぉっ!」
金色の光がはじけ、呪いの人形がその光に飲み込まれた後。
ドゴォォォォォン、という凄まじい衝撃波が、僕とミトの周囲を根こそぎ吹き飛ばした。




