94 vs 一寸法師 三
「いくぜ」
ミトが大地を蹴った次の瞬間、僕はぶっ飛ばされて地面に叩きつけられていた。
まるで見えなかった。叩きつけられた勢いで三度地面を跳ね、その度にぼきっ、ばきっ、と骨が砕ける音がした。
「容赦なしね」
転がった先に楓がいて、僕を足蹴にして止めた。ボロボロの僕を見下ろしてニヤリと笑い、踏み砕いてやろうという意思を込めた足が僕の顔面に降ろされた。
「ぐっ……」
ミシリと音がして、僕の頭蓋骨にヒビが入る。
「ほら、靴の裏、舐めなさいよ」
「このやろっ!」
呪いを叩きつけて楓を弾き飛ばし、転がるように逃げたところでミトの一撃が来た。
間一髪だ、あと一瞬遅れてたら塵と化していた。
「くそ……やっかいだな」
小人族の秘宝、打出の小槌。
その力は並の神を凌ぐ。僕がその力をまともに受ければただじゃすまない。しかもミトはあの重量武器をまるでナイフか何かのように軽々と扱う。厄介なことこの上ない。
「さあて、悪霊。この俺が、引導渡してやろうじゃないの」
こっちはボロボロだってのに、ミトはまだまだ余裕だった。
ガラガラと音がして、僕の体が修復される。ミトは気づいているはずなのに、僕の修復が終わるまで待っている。
余裕か。ホント、腹が立つ。
「わかっちゃいたけど……お前、やっぱ強いな」
「ああん? ほめても手加減しねえぞ?」
ミトが冷たい目で僕を見る。
ああ、これは初めて会った頃の目だ。
最初は敵だったんだよな。あの頃のお前、戦い続けて疲労困憊だったっけ。まだ打出の小槌の力に振り回されて、一戦するたびにクタクタになってたよな。
──リィーン
鈴の音が聞こえた。僕とミトは、ぐらりと揺れて、頭を振って立ち直る。
ああ、なるほど。
お前もこの鈴にやられてたか。ちょっと考えれば分かることだったな。くそ、ホモ・サピエンスの脳に振り回されて、こんな簡単なことに気づけなかった。
ああ、だめだ──憎い。神が、人が、世界が、そしてミトが。
すべてが、憎い。
「いくぜ、悪霊」
僕が全快したのを見計らって、ミトが打出の小槌を構えて腰を落とした。
「去ねや、悪霊」
ミトが左足を踏み切り、一気に間合いを詰めてきた。
よけられない。よけるつもりだったら、次の瞬間に振り下ろされた打出の小槌で叩き潰されていただろう。
僕は、よけない。
ギリギリでかわしたつもりだったけど、左肩から先を持って行かれた。引きちぎられて激痛が走るが、歯を食いしばってそれに耐えた。
「去ってたまるか!」
僕は一か八かでミトの懐に飛び込むと、その丸太のような首に抱きついた。
「てめっ……」
ミトが僕を振り落とそうとしたが、一瞬早く僕はミトに唇を重ねた。
ああ、これがミトと初めてのキスか。六千年も待ったのに。もうちょっといいムードでしたかったよ!
「んがっ……」
ミトが僕を引き剥がそうと体をつかむ。離されてたまるかと僕はミトにしがみつき、ミトの口の中に舌を伸ばした。
僕の中でガラガラと音がする。潰された左腕を修復すべく、楓機構が膨大なエネルギーを作り出す。
そのエネルギーを、左腕ではなく僕の口へ。そこから伸ばした舌を伝ってミトの口の中へ。
「んぐ……」
ゴクリ、とミトの喉が動いた。ミトの体が大きく震えて、僕をつかんだ手から一瞬だけ力が抜けた。
チャンス。
「ぐ……ぐあぁっ……ふんがぁっ!」
ドクリ、ドクリと脈打ちながら、僕はミトにエネルギーを流し込む。
そのまま逝ってしまえ、と思ったが、やっぱりミトは強かった。
がしっ、とミトの手が僕の体をつかみ直すと、僕はそのまま力任せに引き剥がされた。
「ぶはっ! なにしやがる!」
ミトは僕を全力で壁に叩きつけた。
ぐしゃり、と僕の体が潰れる。すぐに楓機構が動き出し体が修復されていくが、さすがにこれは瞬時には治らない。
「……何してるの、あんた?」
離れたところで、楓が呆れた顔になっていた。はん、眺めてるだけなんて余裕だな。ここで僕にとどめをささなかったこと、後で死ぬほど後悔しやがれ。
「なんだ、知らないのか?」
僕は笑う。
「楓機構の力は、神にとっては麻薬、鬼にとっては毒薬だよ」
「……だから何?」
「ミトは半分鬼だからね、さぞかしキクと思うんだよね」
楓が顔色を変えた。あれ、知らなかったんだ。なるほど、お前のバックにいる神は、重要な情報はお前に教えてないのか。
「往生際の……悪い!」
「それだけが取り柄なんでね」
ガラガラと音がして僕の体が治っていく。
さて……致死量の十倍は飲ませたと思うけど、どうなるかな?




