93 vs 一寸法師 二
「おらおらおらぁっ、暴れてる悪霊ってのはお前かぁ!」
ドォン、とものすごい音を立てて大地を蹴ったミトが、打出の小槌を高々と掲げた。
「呪いを、撒き散らしてるんじゃねぇぇぇぇぇっ!」
ブゥン、と打出の小槌が低い音を出す。青い光に身を包んだミトは、何の躊躇もなく呪いの海の中へ突っ込んでいく。
ドコォォォォン、と凄まじい轟音と衝撃波が生まれた。
「くあっ!」
「きゃっ!」
あふれかえっていた闇が一撃で討ち払われ、僕も楓も衝撃で吹き飛ばされた。
「あん?」
着地したミトは、吹き飛ばされた僕と楓を見て首を傾げた。
「なんだぁ? 零が二人いるぞ? どっちが本物だ?」
「さて、どっちだろうね」
僕に擬態した楓が、ククッと笑いながら立ち上がった。
くそっ、そういうことか。
楓のやつ、僕に成り済ます気か。ミトに僕を倒させ、十万年前のように僕の場所を乗っ取る気か。あの時はまんまと乗っ取られた。僕は神に蹂躙され、あいつは僕が愛する人と幸せな時を過ごした。
ふざけるなよ、二度も同じことはやらせない!
「て……てめ……え……」
僕の怒りに反応して楓機構が動きだす。その途端、僕の中で宮田祐一と神崎詩織が暴れ出す。
どろり、と呪いが僕からあふれ出す。
それを見たミトが険しい顔で僕を見る。
「呪いを撒き散らしているのは、こっちか」
ミトが僕に向かって打出の小槌を構えた。
「おい……偽物は、そっちだぞ」
「まあ、そうかもしれんがな」
ミトが笑う。だが目は笑っていない。
「たとえ本物だとしても、お前が人を食らおうとする以上、俺は容赦しない」
「ミト……お前……」
いつものふざけた態度が全くない。まるで出会ったばかりの頃のような、トゲトゲしい態度と目つき。
──リィーン、と鈴が鳴る。
「任せていいかな、ミト」
勝ち誇った顔をした楓が、僕とミトから離れた場所に腰を下ろす。
「僕、疲れちゃった。あとでたっぷりお礼するから」
「お前なあ、自分が蒔いた種ぐらい、自分で刈れよ」
ミトの呆れた声に、楓は肩をすくめて「ククッ」と笑う。
ぶちり、と僕の中で何かが切れた。
「なにが……お礼、だぁっ!」
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!
零は僕だ。ミトは僕のものだ。ミトの隣は僕がいる場所だ。
何を当然という顔をしてそこにいるのか、楓!
お前がミトに話しかけるんじゃない!
「そこを退きやがれ、楓ぇっ!」
「ほいさあっ!」
爆発させた僕の呪いを、ミトが打出の小槌で打ち払った。
「ミィトォッ! 六千年以上も一緒にいて、どっちが本物かわからないのかぁっ!」
「はぁっはっはっ、俺はバカだからな!」
「開き直ってんじゃ、ねえっ!」
僕の呪いと打出の小槌が正面からぶつかった。
「せいやあっ!」
「なめるなあっ!」
ミトの連撃を、僕は呪いを盾にして防ぐ。一撃一撃が必殺のミトの攻撃を、僕はフルパワーの呪いで相殺した。
「おいおい、俺が知ってる零はこんなに強くないぞ!」
「もう五千年以上、僕とガチで戦ったことなんてないだろうが!」
「おう、そうだったな! 成長したんだな!」
「もう一度言うぞ。お前の敵は、僕じゃないくて、あっちだ!」
「呪いを撒き散らすのをやめたら、信じてやるよ」
ミトが打出の小槌を構え、僕を睨む。
「その呪い、人を巻き込み、世を壊す。一寸法師の名を継ぐものとして見過ごせねえ」
こいつ……ああ、そうかい。
ミト。小人族の末裔にして、二代目一寸法師の意志を継ぐ者。彼の存在理由はただ一つ。
神を食らう悪霊が、人に仇なすなら打出の小槌で討ち滅ぼせ。
ミトが僕のそばにいた理由はそれ。僕が呪いを撒き散らし、人に仇なす存在となった時、討ち滅ぼすため。
「……ミトぉ」
僕は歯ぎしりする。脳が暴走する。止まらない、僕の憎しみは止まらない。
僕を理解しない、ミトが憎い。
「お前は、僕の敵になるということでいいんだな……」
「だとしたら?」
「いつか言っただろ……僕は、止まらない、とな!」
呪え。
僕の中で呪いが弾ける。僕の意思を無視して脳がフル回転し、楓機構のエネルギーを食らって呪いを具現化する。
呪え、呪え、呪え、呪え、呪え!
人類種の中でも、桁違いの思考力を持つホモ・サピエンス。ささいなことでバランスを崩し、幻に包まれるもろさを持つ反面、その力は神すら生み出す。
その力を、呪いに振り向ければ。
「どりゃぁぁぁっ!」
打出の小槌を振りかぶり、正面から突っ込んでくるミトに、僕は呪いの塊をぶつけた。
「うげっ」
「バカか、君は」
まともに食らい、吹き飛ばされたミト。いや、こいつバカだったな。究極の脳筋野郎。僕と出会うまでの数百年、よくこれで生き残れたものだ。
「う……」
ぐらり、と視線が揺れた。
フル回転させた脳の組織が壊れた。やはりもろい。楓機構がなければ、この脳は五分と持たない。
「ふっ……ふっふっふ、やるじゃねえか、悪霊」
「ふん」
僕の中でガラガラと音がする。脳が修復され視界が戻っていく。
「さあて、いっちょ本気でやるとするか」
だろうな、と僕は内心うめく。
こいつがこの程度のはずがない。六千年も一緒にいたんだ、そんなことはよくわかっていた。




