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小人族御伽草子 呪いの珍皇子  作者: おかやす
幕間 〜 鈴の音
92/114

91 留置所にて

 リィーン、と不気味なほど澄み切った鈴の音が聞こえた。


 「んん?」


 ……ような気がしたのだが、ひょっとしたら気のせいかもしれない。

 狭いベッドの上で大あくびをし、小さな窓から外を見る。うっすらと明るくなり始めた空が見えた。どうやらもうじき夜が開けるらしい。


 「さて、どうしたものか」


 昼過ぎに警察官がやってきて、殺人容疑で任意同行を求められた。有無を言わせぬ様子に、何が何でも連れて行く気だなと思い大人しく同行したのだが、警察に着くなり留置所に入れられた。


 これ、法律的にどうなんだ?


 まあいい。もはや人の範疇からはみ出た俺だ、いまさら人権なんて言うつもりはない。

 ただ、留置所に入れられただけで取り調べが行われる気配がない。五人が行方不明になった事件だというのに、これはずいぶん悠長ではないだろうか?


 何かの計画の一環か。


 俺と零を引き離すのが目的なら、目的は達成した。ならきっと屋敷で騒ぎが起きてるだろう。問題は、これが零の計画なのか、それとも零と敵対する奴らの計画なのか、というところだ。


 「わからん」


 はっはっは。難しいことを考えるのはキライだ。そういうことは零に任せよう。まあ、あいつも結構行き当たりばったりだから、頭がいい奴が本気で考えたらすぐに策略にハマるだろうがな。

 俺は考えるのをやめ、起き上がって背伸びをした。

 ずっと寝てたから体のあちこちが固まっている。ちょいとストレッチでもして、体をほぐすとしよう。


 リィーン、とまた鈴の音が聞こえた。


 「気のせい……じゃねえな」


 鈴の音。はて、ご先祖様から何やら大事なことを伝えられていた気がするが……なんだっけ。

 うん、思い出せない。

 思い出せないってことは、大したことではないということか。気にはなるが、問題が起こったときに対処すればいい。ま、なんとかなるさ。


 『呑気な奴よ』


 ストレッチを再開したところでそんな声が聞こえた。王子様の声、という感じのなかなかのイケボ。きっと面もイケメンに違いない。

 気に食わねえ。イケメンなんざ爆発しろ。


 「誰だ、テメェ?」


 返事はない。ただのシカバネか?


 リィーン。


 また鈴の音が聞こえた。この鈴の音は……ヤバイ。全身がゾワゾワして鳥肌が立ってくる。もう三度も聞いちまった。俺、取り込まれたかな?


 『ミトロビッチ。三代目一寸法師よ』


 好きでなったわけじゃねえけどな。


 リィーン。


 また鈴の音が聞こえた。意識がぐらつく。これで四度目。そろそろマジでやばいかな?


 『数多の戦いをくぐり抜けた、勇者よ』


 ……あ、やべえ。まじやべえ。勇者と呼ばれて喜んじまってる俺がいるぜ。

 はっはぁ、俺、このままじゃ敵の手に落ちるな。


 「ふんがっ!」


 俺は腰を落とし気合いを入れると、右足を高々と上げた。

 ズダァンッ、と全力で四股を踏む。

 鈴の音に乗って押し寄せていた力が押し戻され、俺の頭が少し晴れた。だが、完全に押し戻すことはできない。

 おいおい、こいつぁやべぇぞ。並の相手じゃねえ。


 『ほう、やるではないか』

 「誰だ、てめえ」


 返事の代わりに、鈴の音がした。

 リィィィィィーン!


 「ぐっ……」


 並の相手じゃない奴が、マジの攻撃を仕掛けてきた。

 俺は全力で鈴の音に抵抗したが、脳みそをガンガン揺さぶられてあっというまにラリッちまった。


 『これも耐えたか。さすがさすが』

 「い……いい加減、名乗り、やがれ……」

 『この半年……様子がおかしいと思っていたのではないかな?』


 なんのことだ? 零のことか?

 ああ、確かにおかしいと思ってたよ。この半年のあいつは、どうにかなっちまってた。まるっきり女の子になって、俺にベタベタ甘えてきて。めちゃくちゃ可愛いし、そのうえ隠れ巨乳のナイスバディなんだけど、なーんか違うんだよな。

 何かを企んでいるのか、それともヤラカシたのか、俺にはわかんねえ。


 リィーン。


 鈴の音に意識がぶれる。心がざわつく。俺の心の一番奥の柔らかいところを、鈴の音がえぐっていく。やべえ、こいつマジでやべえ。人の心を操る術を使いやがる。俺、単純だからこういう奴はチョー苦手。


 『小人族の末裔にして鬼から生まれ、人に育てられた男よ』


 ああん? 勝手に人の過去を暴いてんじゃねえよ。てめえ、ぶっとばすぞ?


 『使命を果たす時が来たぞ』


 鈴が鳴る。俺は抗う。畳み掛けられ、よろめき、それでも抗う俺を、鈴の音が笑う。


 『悪霊が、見境なしに暴れ出している』


 このままでは人が食われる。

 神を食らう悪霊が人に仇なす時が来た。

 三代目一寸法師よ、今こそ先祖より受継ぎし力で、己の使命を果たせ。


 「ぐっ……がっ……」


 鈴の音とともに何者かの声が頭に響く。その声は甘い音となって心に染み込んでくる。

 ちくしょうが。どうあっても俺に零を退治させたいか。

 自分でやれよ。

 俺が全力で邪魔してやるからよ!


 リィーン。


 短く、だけどひときわ強く鈴の音が響く。

 そのときになって、俺はようやく思い出した。


 「ミト。忘れてはいけないよ」


 自身もまた、神を凌ぐ鬼だった母の言葉が蘇る。


 「鈴丸。鈴の音を操る鬼の名よ。あれは次元が違う。いつかきっとお前の前に現れる。恐ろしく澄んだ鈴の音が聞こえたら、一切の油断を捨て、最初から全力で戦いなさい」


 はっはっは、すまねえお袋、いまわの際の遺言だってのに、忘れてたぜ。七千年はちと長すぎたわ。


 「ち……くしょうがぁっ、てめえ、後で泣かしてやるからなぁぁぁっ!」


 俺の心を鈴の音が満たす。俺が消えていく。ああだめだ、もう耐えられねえ。


 零……零!

 てめえ、俺が正気に戻るまで、俺に殺されるんじゃねえぞ!


 「ぬ……おぉぉぉぉぉっ!」


 ──絶叫と。

 ────混乱の末。

 ──────俺は目覚める。


 ああ……なんだか、生まれ変わったようにすっきりしたぜ。

 三代目一寸法師、ミトロビッチ。鬼の天敵小人族の末裔にして、鬼の母から生まれた男。

 全開バリバリ、今なら神様だって倒してやるぜ。


 『さあ、ゆけ。神を食らい、人を食らわんとするあの悪霊を、今こそ倒せ』


 ああ、いいぜ、それが俺の使命だからな。

 この打出の小槌で、悪霊をボコボコにして、この世から消し去ってやるぜ! 


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