表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/114

90 第二の楓機構

 私は、死んだ──────そう思った。


 ココココッ、と音が響く。


 私の中に何か不思議な力が生まれ、破裂した心臓があっという間に修復されていく。

 それだけじゃない。

 生まれた力が、私の中を食い潰す闇を押し返した。食われて失われたものが次々と修復される。押し入ろうとする闇を押し返し、押し出し、胸に空いた穴を塞いでいく。


 ココココッ、と音が響く。


 やがて全てを修復し終えた私は、体に満ちた力に押し上げられるように体を起こし、立ち上がった。


 「お前……」


 修復を終え、立ち上がった私を見て零が険しい顔になる。

 ココココッ、と音が響く。

 響くたびに、修復を終えた私の体がボロボロと崩れ、そして蘇って(・・・)いく。


 「ふ……ふふふ……あはははっ、何その顔。キレイな顔が台無しよ」


 笑いがこみ上げてくる。零の顔が驚愕に歪む。勝ちを確信していたその顔の歪みっぷりがおかしくてたまらない。


 「楓……機構?」


 零が呆然とつぶやく。信じられない、という顔で目を見開く。

 なんて気持ちいいのだろう。あなたのその顔が見たかった。その顔を見るために、私は十万年の時を超えたのだ。


 「いい顔ね」


 ボロボロと私の外側が崩れ始めた。

 神崎直美。素粒子を研究する、とある地方大学の准教授。その姿(・・・)が剥がれ落ちていく。四十年近くかぶってきた仮面が剥がれ落ち、本当の私がむき出しになる。


 「会いたかったわ……本当に、会いたかったわ」


 ココココッ、と音が響き、頭の中の霧が晴れていく。


 ああ、思い出した。

 神子・楓。

 それが私の、本当の名前だ。


 「私のこと、覚えてる?」

 「……ああ」


 私の問いに、零が忌々しげに答える。

 ええそうでしょう、忘れようがないわよね。だって私はあなただもの。あなたのコピー、あなたの代替品。本体に何かあればすぐに取り替えられる予備の部品。

 だけどかつての私は部品(・・)だった。いくらでも替えのきくもの、壊れたらまた作ればいいもの。同じ人形(・・)なのに、私と零との間には決定的な違いがあった。


 楓機構。


 無限の力生み出す、初代一寸法師が作り出したもの。神々ですらその原理を解明できず、まねて作ることすらできなかった。

 だけど今は、私にもある。

 楓機構さえあれば、私はもう部品じゃない。あの時のようにむざむざ殺されたりしない。


 「……どういう、ことだ」

 「簡単よ。娘の旅立ちを見送れなかった恨みを晴らすため、神が悪霊退治に力を貸した。それだけのこと」

 「へえ……」

 

 どろり、とした闇が零からあふれた。

 私は手を組み、祈りを高める。


 「あなたにわかる? 我が子の巣立ちを見送れなかった、親の悲しみが」


 あの時、ほんの数日待ってさえくれれば、私は大人しく滅びてやったというのに。それなのにこの人形は、恨みのままに私を殺した。

 どれだけ口惜しかっただろう。罪の意識など、あの時の口惜しさで吹き飛んだ。


 「知るかよ」


 零が忌々しそうに舌打ちし、手を振った。

 あふれた闇が私に襲いかかってくる。

 私はそれを、高めた祈りを周囲に張り巡らせて打ち払う。


 「ちっ……神子の祈りか……」

 「無駄よ。あなたと違って、私はきちんと神子の修行をしたもの」

 「偉そうに」


 零がさらに闇を生み出す。


 「たかが二十年かそこらの修行で、僕の呪いを打ち払えるものか!」


 零が生み出す闇が、次々と私に襲いかかってくる。私は祈りの力でそれを打ち払いながら、じりじりと零との間合いを詰めていく。


 「打ち払って……みせるわ!」


 だん、と私は床を蹴り、一気に零との距離を縮めた。

 懐に飛び込んだ私をとらえようと、零の両手が左右から迫る。私はそれをすんでのところでかわすと、全体重をかけた拳を零の腹にめり込ませた。


 「知ってた? 私……神崎直美は、空手の有段者よ?」

 「て……てめぇっ!」


 シュッ、と呼吸と共に二撃目を打ち込み、よろけたところで膝を入れた。容赦はしなかった。殺す気で蹴りを入れないと、こちらが危ういのだから。


 「こ……の!」

 「あらあら、情けないこと」


 倒れた零を見下ろしながら、私は心から嘲笑を浮かべた。


 「て……てめえっ!」

 

 つい先ほどまで余裕綽々だったのに、怒りを募らせ、我を忘れていく。そんな零を見て、私は逆に落ち着きを取り戻していく。


 「大人しく報いを受けなさい、悪霊」

 「逆恨みも……いいところだろうがぁっ!」


 零が激昂し、あふれた闇が濁流となって私に襲いかかってきた。


 「僕を神に売って、取って代わったのはどこのどいつだぁっ!」


 零が、ぶちり、と血管が切れる音が聞こえそうな顔になった。

 ああ、気持ちがいい。

 本当に気持ちがいい。あの時の恨みをようやく晴らせる時がきた。


 「あなたが悪いのよ」

 「ああん?」

 「鬼を倒す使命を果たしもせず、何をするでもなく、ただ生きていただけのくせに。だから私が有意義な人生を送ってあげたのよ」

 「ふざけるなぁっ!」


 私の安い挑発に、さらに冷静さを失う零。怒りのままに闇をあふれさせ、部屋の中を、屋敷の中を闇で満たしていく。


 「僕が、生まれた時には! 鬼なんて、いなかっただろうが!」

 「なら滅びればよかったのよ。それに抗ったのはあなた」


 私の言葉に闇が荒れ狂う。私を飲み込もうと押し寄せてくるけれど、私の祈りに阻まれて押し返されていく。


 「き、さ、ま……」

 「だったら私も、好きにさせてもらっていいでしょ」


 あと一押し。あと一押しで、零はキレる。そうなればこっちのもの。


 「だから好きにさせてもらったのよ。ふふ、幸せだったわ。女になって、そして隼人の妻になれて」

 「……黙れ」

 「隼人、女になった私を、無我夢中で愛してくれたわ」

 「……黙れ、と言ってる」

 「ねえ知ってる? 愛する人の子を身ごもった時の喜び。ふふ、あなたには決して味わえないものよね」

 「黙れと……言ってるだろうがぁぁぁっ!」


 零の絶叫とともに、あふれた闇がついに屋敷の外に漏れ出した。


 「くっ……」

 「一度は死んだ……ただの部品がぁ!」

 「死ぬこともできない、土人形の成れの果てが!」


 私の言葉に応えるように、零の体から鉄砲水のような勢いで闇があふれた。

 窓を割り、壁を突き破り、屋敷からあふれ出した闇は、そのまま庭へ流れ出す。

 私は祈りで身を守りつつ、闇に流されて庭に出た。

 すでに空は明るく、日が登ろうとしている。朝のジョギング、犬の散歩、そんな人たちがあふれた闇を見て悲鳴を上げた。


 「逃げるなぁぁっ! 引き裂いてやるからそこにいろぉぉっ!」


 零が、庭に立つ私を見下ろしながら叫ぶ。挑発したとはいえ、こうも簡単に冷静さを失うとは驚きだ。もはや悪霊を超え、怨霊と化しつつある零。私の祈りで打ち払うのは難しいかもしれない。

 だけど、これでいい。


 「あなた、終わりね」

 「なにがだぁぁっ!」

 「神様から逃げてたんでしょ? コソコソ闇を這いずってたのに、自分から光の中に出てきちゃったのよ?」


 眉をひそめる零を見て、私は「ククッ」と笑う。

 そう、零がいつも笑っているように。


 「ジ・エンド、だよ」


 口調も男の子のように、そっけなく。

 だって私はアレの分身だった。もう繋がりは断たれたけれど、教えてもらえさえすれば、この程度のモノマネは簡単だ。

 私は零のように笑い、祈りを高め……そして、数秒後には二十歳の頃の姿に変化した。これでもう、私と零は見分けがつかない。


 「さて、そろそろ来る頃だね」

 「……何がだ?」

 「もちろん、悪霊退治の専門家さ」


 いぶかしげな零に向かって私は笑う。


 「三代目一寸法師、ミトロビッチ。悪霊を倒す使命をもって生まれた、小人族の末裔だよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ