81 憎悪
打出の……小槌?
どこからか湧き出てきた単語に、私は頭がクラクラした。
打出の小槌。一寸法師のおとぎ話に出てくる? それがあの木槌? なんでそんなことを、私は知っている?
「おい、ケガは?」
愕然としていると声をかけられ、私はミトを見上げた。
巨大な木槌は煙のように消えていた。一体どこにしまったのだろうと不思議に思ったが、聞いても答えてくれないだろう。私は「平気」と震える声で答えた。
「そりゃよかった」
手を差し伸べるでもなく、ミトは視線を逸らした。すぐに背中を向けたミトに私は傷ついた。
「おい零! どこだ!」
ミトがあの美少女の名を叫ぶ。胸の奥にグチュリとした感情が芽生える。彼にとって零が特別なのはわかっている。だけど目の前でへたり込んでいる私に、手を差し伸べるぐらいしたっていいではないか。
「零! ……ん、風呂場?」
ミトは私の思いになんか気付く様子もなく、かすかに聞こえてきた水音に気づいて駆け出した。
空っぽの男がやってきた、一回奥の闇の向こう。どうやらそこにお風呂場があるらしい。
あのゾンビに、襲われていたのだろうか。
そう考えて「ざまあみろ」と思う自分に気づいた。なぜこんなにも嫉妬するのか、と不思議に思うが、湧き上がってくる気持ちが抑えられない。
ココココッ、と私の中で音がする。
その音を聞いていると、どうにか体の震えが止まり、立ち上がることができた。
「うっ……」
壁に手をついて立ち上がりながら、私は不快感に顔をしかめた。
下着が濡れている。床を見ると、私がへたり込んでいた場所に小さな水たまりができている。私は猛烈な羞恥心を覚えるとともに、きっとこれをミトは見て慌てて目を逸らしたのだろうと気づいた。
屈辱とともに怒りが湧いてくる。
何が何だかわからない。だけど、私は零に対し猛烈な嫉妬を覚えた。
女、あの女。
空っぽのくせに、ただ見た目がいいだけの人形のくせに、なぜ何もかもを手に入れる。この世の栄華を手に入れて、人形が何をする。
人形が、人形が、人形が!
「あのゾンビに……オモチャにされてればいいのよ」
「しっかりしろ、おい! 返事しろ!」
私が思わずつぶやいた時、ミトが慌てた声を上げるのが聞こえた。すぐに奥から、裸の零を抱えたミトがやってきた。
まるで白磁を思わせるような、透明感のある肌。女性らしい柔らかい曲線を描きつつも均整のとれた体つき。「黄金比」という単語が思い浮かぶ。あの有名な彫刻、ミロのヴィーナスが受肉した体、と言われたら納得しただろう。
「だぁー、ちくしょう、何が起こってるんだよ!」
ぐったりとして目を閉じている零を抱えたまま、ミトは私には目もくれず二階へ駆け上がっていく。
ちくしょう、とミトと同じ言葉をつぶやいて、私は床にできた水たまりを足で散らした。
零の裸に一瞬でも見とれた自分が、許せなかった。
たかが人形の裸に。
なぜ、この私が見とれなければならないのか。




