78 右の道
のべ百名以上の警察官が捜索に当たったにもかかわらず、行方不明の五人は手がかりすら見つからなかった。これが小学生ならさらに大掛かりな捜索態勢が敷かれたかもしれないが、大学生、しかも、決して素行が良いとは言えない五人だ。保護者からの嘆願はあったようだが、警察は大々的な捜索を打ち切り、縮小された態勢で捜索を続けることになった。
不気味な噂が出回るようになったのは、その頃からだ。
「あの五人のゾンビが、夜中に町をうろついている」
男子学生が面白半分で話し、女子学生が気味悪そうに噂する。コンパの帰りに見た、バイト帰りに見た、そんな噂があちらこちらで立ち上り、ついには大学も無視できないほどの大きさとなった。
そして、多くの学生が五人のゾンビを見たという場所は、私がその五人に襲われた、あの公園周辺の住宅街だった。そう、行方不明の五人は、やはり私を襲った五人だった。
「さて、何が起こっているのか」
その日、武田教授の家に論文の指導を受けに行った私は、彼の意味ありげな笑顔に見据えられた。
五人が行方不明になった日と、私が前回武田教授の家を訪れた日は、一致している。
よほどのバカでない限り、「何か知らないか?」と尋ねて当然だ。しかし武田教授は何も聞かない。私は「無事でいるといいですが」と当たり障りのない答えを返しながら、服装を整えた。
「おや、今夜も帰るのかね?」
武田教授が笑を含んだ声で尋ねる。私は「授業の用意がありますので」と答え、そそくさと彼の家を後にした。
弱い雨が降る中、私は傘を差し家路を急いだ。
六月に入り、雨の日が多くなっている。今日も昼過ぎからずっとこんな雨だった。
「……さて」
武田教授の家を出て十分ほどで分かれ道に差し掛かった。
右へ行けばいつもの道、あの公園のそばを通って、駅まで五分。
左へ行けばかなり大回り、あの美少女、宮田零の屋敷の前を通って、二つ先の駅まで三十分。
どちらの道も行きたくなかった。だが迷っていても仕方ない。
右へ。
足早に行けばすぐ駅だ。私はかなりの早足で夜の住宅街を進んだ。
夜十時過ぎ、閑静な住宅街に人通りはなく、街灯も暗い。この一角を通り過ぎれば大通りに出られるとわかっているが、この暗い静かな道が永遠に続くようで気味が悪かった。
公園にさしかかる。
傘を傾け、公園を見ないようにしながら進む。物理学の徒が何を恐れるのか、と情けなくなるが、どうにも気持ち悪くて直視できない。あの日、ミトに叩きのめされた五人は、その後どうしたのだろうか。死体があれば大騒ぎのはずだから、きっと目を覚まして公園を立ち去ったのだろう。
そう考えた、矢先。
「ああ、あの五人なら、美味しく頂いたよ」
美しい声が聞こえた。
背中にどっと冷や汗が出て、全身が冷たくなっていく。見てはダメだ、急いでここを離れなければと足を速めようとした途端、足元にドロリとした闇が絡みついてきて進めなくなった。
「無視するなんてひどいなあ。この前は真夜中に家まで来たくせに」
ククッ、と笑う声が傘の向こう側から聞こえた。ちらりと視線を向けると、女物のサンダルを履いた足が見えた。
ドクドク、ドクドクと心臓が脈打つ。
足に絡みついた闇が、ジワジワとせり上がってくる。
「みや……た……れい……?」
震える私の声に応えるように、隣にいた彼女が私の前に出た。
大胆に胸元が開いたキャミソールにカーディガンを羽織り、ボトムには以前と同じデニムのショートパンツ。若いからこそできるファッションね、と頭のどこかでどうでもいいことを考えた。
「今夜も来ると思ったのに」
「よ……用は……ないもの……」
宮田零の指が伸びてきて、私の唇を抑えた。
冷たい。まるで氷を当てられたような指の感触に、私の体がガタガタと震え出した。
「嘘だよね」
ククッ、と零が笑う。その笑みに底知れぬ恐怖を感じる。
「さあ、やり直しだよ。僕の家に来てよね」
零の指が、つい、と私の顔をなぞり、ぐるりと顔の周りを撫で回して。
そこで、私の記憶が途切れた。




