75 嫉妬
事情を知った彼女は、ため息まじりに私を居間へ招き入れてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
彼女が手ずから入れてくれたお茶を一口飲み、ほっと息を吐いた。ティーカップに紅茶、ではなく、湯飲みに緑茶。少しイメージは違うが、使われている葉は間違いなく高級品、自然な甘みを感じた。
温かいお茶を飲むと気持ちが落ち着いた。
私は目を上げ、正面に座る彼女を見つめた。
見れば見るほど、可憐で美しい。だけど空港で見かけた時とは雰囲気が違う。あの時感じた妖しいまでの美しさはなく、その代わりに、儚げで触れれば壊れてしまいそうな、繊細なガラス細工のような美しさがあった。
無言のまま、私と彼女は見つめあった。
彼女の目に浮かぶ疑念と不安の色。それを見ていると、やはり彼女に見覚えがあるような気がした。
どこで……?
こんな美少女に会っていたら忘れるはずがない。雰囲気、仕草、物言いたげな目。間違いなく記憶にあるのに、それがいつのことなのかがわからない。
ただ、一つはっきりしていることがある。
そんな彼女に対し、大嫌いという思いを抱いたことだ。
「零さん」
私がたまりかねて声をかけると、彼女が眉をひそめ私を上目遣いに見返した。
「……お会いしたこと、ありましたか?」
私も彼女もお互いに名乗っていない。なぜ私の名を知っている、と問う彼女の目に、私はため息まじりに答えた。
「ここへ来るまでに、ミトさんに聞きました」
失敗したな、と思いつつ適当に嘘をつく。さらに疑惑を含めた彼女の目にうんざりする。
「私とミトさんは、本当に、今夜たまたま会っただけですから」
「……当たり前です」
ああもう、この子めんどくさい、とイライラが募った。
自分が寝ている間に、ミトが私と密会していた。
きっとそんな風に邪推しているのだろう。どうしてそう考えるのかはわからないが、この不快な目の奥にあるのはそんな疑惑に違いない。
「おーい、できたぞー」
そんな不快な視線に耐えていると、奥の部屋からミトが戻ってきた。
手には私のタイトスカート。先ほど男たちに襲われて破れたところを、ミトが繕ってくれていたのだ。
「ありがとうございます」
スカートを受け取って私は驚いた。きれいに繕われていて、破れた跡なんてわからない。新調しなきゃと思っていたけれど、これならまだ当分は使えそうだ。
「すごいのね」
「ま、うちのお姫様は何もできないんでな。自然といろいろ出来るようになる」
ケケケ、という笑い声に、「ミト!」と抗議するような甘えた声が重なった。
その甘ったるい声が、ザラリ、と神経にさわる。ただ美しいだけで、男に甘えて自分では何もしない女。そんな女は大嫌いだ。
「お前、起きてていいのか?」
ミトがドサリと零の隣に腰を下ろした。零に対し、気遣うような眼差しを向け、彼女の額に手を当てると、零が柔らかい笑みを返した。
「熱、結構あるな」
「……平気だよ」
零がちらりと私を見る。人前で男に気遣われて、照れているようでいて、どこか勝ち誇ったその笑顔。
ズキン、と頭痛がする。ムカムカとした吐き気が込み上げてくる。
やはり、どこかで会っている。どこだろうか、私はいつ彼女と会っているのだろうか。
「先に部屋に戻って寝てろよ」
「え……ミトは?」
「この人、家まで送ってくるから」
「タクシー呼べばいいじゃない」
少しむくれた零の頭を、ミトがあやすように撫でた。
「すぐ帰るって」
「じゃ、起きて待ってる」
「熱あるじゃねえか。また調子崩すぞ?」
「……だから、早く帰ってきて」
まったくもう、と私は内心舌打ちしつつ、少し冷めたお茶を口に運んだ。
目の前でカップルにいちゃつかれる。
それが、こんなにも不愉快に感じるということを、改めて思い知らされた夜だった。




