69 神々と呪い
飛行機は無事、南紀白浜空港を飛び立った。「また襲撃されたりして」なんて不吉なことをミトが言っていたけれど、この飛行機に神の手下はおらず、先ずは一安心だった。
「月読……か」
青空にうっすらと光る月を見て、僕は舌打ちした。こいつが見てるんだろうな、と思ってはいた。月は世界中で神格化されている。たとえ概念神だったとしても侮れない相手だというのに、ミトの見立てでは古代神、しかもかなり上位というから、まともに当たるのは避けたい。
「さて、どのクラスか……」
一柱、三神、五天、七王、九部、十一将。
古代神を上位から並べるとそうなる。この世界そのものと言っていい一柱はありえない。三神、五天は別格の神、こいつらが僕ごときで動くとは思えない。七王、九部、十一将は、さてどうか。かつて天上にいたころ、僕が直接やりあったのは十一将配下の神まで。そいつらですら僕はまともに戦えばコテンパンにやられた。
「チッ……このクラスが出てきたら、今は逃げの一手か」
僕は鞄から本を取り出した。
物理学。この世の全てを解き明かし、分解し、神秘を方程式に置き換える、ホモ・サピエンスが生んだ知識という名の力。これさえあれば僕は神と戦えるはず。ミトは「そんなことできるのか?」と懐疑的だ。だけど新幹線の中で神の手下と戦っている時に、光明のようなものは見た。
やってやるさ。
やつらが放った力を分解してやればいい。神の奇跡なんて言っても、僕に当たる瞬間には物理的な「力」になる。質量とベクトルに分解してベクトルを変えてやれば、攻撃をかわすことができる。
いや、できた。
ほんの少しだけど、できた。神の力を物理的な力に変え、バラバラにして消す、それができた。素粒子にまで分解してやれば、質量を消すことだってできるはず。そうなれば神なんて恐れるに足りない。
だけどまだ足りない。もっともっと知識がいる。宇宙の全てを解き明かし、ビッグバンのその向こうへたどり着かなければ、一柱を守る神々は倒せない。
「見てろよ、神」
どこの神だか知らないが、眠らせた記憶を揺り動かし、神に受けた屈辱を思い出させたやつがいる。心から愛した人を思い出させたやつがいる。
愛したからこそ、最期の祈りを呪いに変えた。この呪いは、楓機構がある限り消えはしない。
「僕が、食い尽くしてやる」
隣を見ると、ミトはすでに寝息を立てていた。実に気持ちよさそうに眠っている。いつ神が襲ってきてもおかしくないというのに、のんきなやつだ。
「……お前も、そろそろ決めろよ」
僕は、コツン、とミトの肩に頭を置いた。
三代目一寸法師、ミトロビッチ。二代目の遺志を継ぎ、人を僕から守るために生まれた男。
僕と同じ、生まれた時には課された使命がなくなっていた男。
「僕は止まらないからな」
神を食い尽くすまで。この世の全てを僕の呪いで染め上げるまで。そうなれば神だけではなく人間を巻き込み、きっと滅亡へ追いやるだろう。
ねえ、ミト。
その時お前は、僕の敵になるの? それとも、味方になるの?
僕は心の中でそう問いかけながら、ミトに体を預けて、眠りに落ちた。




