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小人族御伽草子 呪いの珍皇子  作者: おかやす
第3章 楓機構
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66 夜明け前

 「そろそろかねえ」


 俺は闇の向こうに広がっているであろう海を思い、背伸びをした。どこの誰とも知らぬ女性が飛び込んで二時間ほど。自ら生贄になると言って飛び込んだ女のことを、さてあの悪霊は気に入ったのだろうか。

 俺は椅子代わりに座っていた大きな木槌を降り、その柄を握った。

 ズンッ、とした重さを感じつつ持ち上げて、肩に置く。


 「相変わらず、重いねえ」


 小人族の秘宝、打出の小槌。かつては鬼の秘宝だったというが、長い年月を経て「一寸法師」の名とともに俺に伝わった。もちろん初めは信じちゃいなかった。そもそもこんなでかい図体して「小人族」の末裔なんてふざけた話だ。


 「神を食らう悪霊が、人に仇なすならこの小槌で討ち滅ぼせ」


 それが二代目一寸法師の遺言らしい。初めは信じちゃいなかったお話も、神やら鬼やらが目の前に現れちゃ信じるしかない。有無を言わさず殺されかけて、必死こいて戦って、「なんで俺が」て二代目一寸法師とやらに反発したね。

 そして、三代目の名を継いで数百年。俺の前にあの悪霊が現れた。


 「運が悪かったね」


 やさぐれて手当たり次第に神をぶっ殺していた俺を、あの悪霊は極上の笑みで嘲笑った。そして俺が、それでも信じて戦っていた理由を、根っこからへし折ってくれた。


 「二代目が言ってる『人』って、もうとっくに滅んでるよ」


 人、すなわち、ホモ・サピエンス。まあ昔はそんな呼び方はなかったが、俺が知っている『人』とはそれだ。だが悪霊いわく、二代目が生きていた時代の『人』は、ホモ・サピエンスではないという。


 「七、八万年前に、でかい火山が噴火したんだよ。それから世界中が寒くなって、食べ物がなくなった。人はその時にほとんどが死んだよ」


 なんとか生き残った者は、大半が祈りを極め神になった。そのとき文明やら文化やら、まあそういうものを根こそぎ天上に持って行き、そこで神として生き続けているという。

 そして神になれなかった者は、何もかもを失い獣同然にまで堕ちた。氷河期の地球で凄まじい生存競争の後、唯一ホモ・サピエンスだけが生き延びた。やがて氷河期が終わると数万年かけて盛り返し、今日の隆盛を築いたらしい。


 「おめでとう。君の人生は無意味なものと決定したよ」


 悪霊から守れと言われた「人」は、俺が生まれた時には絶滅していた。それを当の悪霊が教えてくれた。なんだよそれ、と愕然とする俺を、あの悪霊は心の底から楽しそうに笑い倒してくれた。


 「ホント、性格悪い奴だよな」


 俺はため息をつきつつ、東の空を見た。

 月が昇っていた。いわゆる暁月(ぎょうげつ)。この国の民は、満ち欠けに応じて月の名を変えている。風情があるというか、手間を惜しまないというか、まあ、その感性は嫌いではない。

 だがその手間が、月の神の正体にまでは及んでいない。


 「天照、月読、素戔嗚。三柱の神の一柱たる月読さんは、どんな神なのかねえ」


 古事記であれ日本書紀であれ、月読命に関する記述は極端に少ない。少々不自然に思えるほどで、意図的に記述を消しているようにも思える。

 そして、先日の月からの一撃。あの一撃を受けて俺は確信した。

 月読命は、古代神で間違いない。それもおそらく、超がつくほど上の位。


 「お前も、あの悪霊を狙ってるんだろ?」


 俺は月に向かって打出の小槌を構えた。


 「やらねえよ。あれは、俺のものだ」


 空が白むにつれ、月が太陽の光の中に溶けていく。俺の安っぽい挑発に乗るほど、あちらさんは暇ではないらしい。それとも、これが神の余裕というやつだろうか。


 「ん?」


 やがて太陽が水平線の向こうから顔をのぞかせた時、海の一角が光った。


 「マイ・プリンスのご帰還だな」


 まあ、見た目だけならプリンセスだが。

 俺は打出の小槌をしまうと、あの悪霊にならって、ククッ、と小さく笑った。


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