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小人族御伽草子 呪いの珍皇子  作者: おかやす
第3章 楓機構
66/114

65 誕生

 夕刻。

 見渡す限り草原の中、ポツンと立つ大木の下で僕は膝を抱えて眠っていた。


 「もし」


 どれぐらい眠った頃だろう、遠慮がちに声をかけてくる者があった。目を開けると、立派な鎧に身を包んだ男がいて、膝をついて僕に一礼をした。


 「今宵は、こちらで野宿されるおつもりか?」


 僕がうなずくと、彼は「主がよければ夕食を共にどうかとお誘いですが」と告げた。

 見ると、総勢三十名ほどの一団が、大木の反対側に天幕を張り、野営の準備をしていた。


 「卑しき身分の者ですが……お言葉に甘えて」


 相手はどう見ても高貴な家の者、僕はへりくだった挨拶を述べ、末席に連なることにした。戦に巻き込まれ顔にひどい火傷をしている、覆面を取ることはお許しいただきたいと、適当な理由を述べて顔は隠したままにした。


 「都へ、ですか」

 「はい」


 主は十五の娘だった。何でも母親が神をその身に受け入れたことのある神子であり、自身も強い霊力を持っているという。


 「母の遺言で、帝にお仕えし、その血を広く後世に残せ、と言われまして」

 「そうですか」


 要するに帝の妾か、と僕は覆面の下で笑った。母譲りの美貌と父譲りの健康そうな体だ、せいぜい励んでたくさん子供を作るといい。

 なかなかにおしゃべり好きの子で、聞きもしないことを色々と教えてくれた。本当は二ヶ月前に出発予定だったが、出発の前日に母が急逝し、出発が伸びたという。


 「それは……お悔やみ申し上げます」


 僕がしおらしく言うと、主を始め全員が静かに礼を返した。なるほどね、と思う。どうやら彼女の母はかなり慕われていたらしい。実に滑稽だった。

 夜が更けるまで色々と話し、翌朝の食事もご相伴にあずかったのち、彼女たちと別れた。


 「こちらをお持ちください。領主が宿を手配してくれるでしょう」


 僕が彼女たちの町へ行くつもりだというと、紹介状代わりの札をくれた。何をしに行くのか聞きもせずお人好しだな、と思ったが、好意は素直に受け取っておいた。


 「あの、よろしければ、お名前をお伺いしても?」


 出発の直前になって、主である娘に問われた。

 さてどうするか、名乗ってもいいんだけれど、と考えたときだった。


 唐突に、二つの名が思い浮かんだ。


 どちらも、これまでに聞いたことのない響きの、不思議な音だった。はてどこで聞いたのかな、と首を傾げつつ、ちょうどいいかと僕はそれを名乗ることにした。


 「レイ、です」


 思い浮かんだ二つの名のうち、僕は濁音のない方を告げた。


 「レイ……さま。不思議な響きのお名前ですね」

 「よく言われます」

 「私は椿(つばき)と申します。それでは、幾久しく健やかであらせられますよう」


 主は別れの言葉に違わぬ健やかな笑顔を残して、都へ向けて旅立った。

 隼人と楓の娘。さて彼女にはどんな人生が待ち受けているのやら。


 「まあ、どうでもいいか」


 僕は覆面を外し、歩き出した。

 ここで彼女と会ったのは、もちろん偶然ではない。地上とお別れする前に、ちょいとあの娘の顔を見ておこうと思ったのだ。予想通り母親似の顔立ちだった。覆面をしていて正解だった。もしも顔を見られたら、姉妹か、と驚かれたことだろう。


 「ま、僕は男だけど」


 僕は懐から、もらった札を出した。

 これを持っていけば隼人に会える。そう思うと胸の奥がズクズクした。だけど隼人は亡き妻の、楓の死を嘆き悲しみ喪に服していることだろう。

 そんな隼人には会いたくない。

 会えば、自分が何をするか自信がない。


 「最期に一目……か」


 二ヶ月前、命と引き換えにしてでも叶えたかった願い。この小さな札を持っていけば、その願いが叶う。それさえ叶えば死んでもいいと思った願いが、この小さな札に込められている。


 「……僕にはもう、祈りはないよ」


 僕はもらった札を川に放り投げた。

 そして。

 僕は立ち止まり、忽然と現れた者と対峙する。


 「お待ちしてましたよ、神様」


 僕はククッと笑った。

 神。

 僕が滅ぼすと決めた存在。今の僕に天上の神々とまともに戦う力はない。それでもやりようはある。なにせ僕は神のご馳走。至高の一品にして、一口食べれば狂ってしまう麻薬のような存在だ。


 「さあ……どうぞお連れください。僕でよろしければ、いくらでもお相手いたします」


 僕は頭巾を取り、背中の紐をほどいて全てを脱ぎ捨てた。

 神が、ごくりと喉を鳴らす。僕はゆっくりと神に近づき、その目の前でひざまずくと、両手を合わせて祈りの姿勢となった。


 「この身は、あなた様のもの。どうぞ、ご随意に」


 神の手が伸び、僕の顔を撫でる。僕はその手を恭しく取ると、静かに口を開け、その指を淫らな仕草でしゃぶった。


 ──僕は、そのまま神々の世界へ連れ去られ、神の男娼となった。


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