64 人形・楓 八
何度も吐きながら、それでも神を食らい尽くした。
それは、祈り無き者が、祈りである神を取り込んだということ。僕の中に新たな矛盾が生まれ、相克の力が生じた。
ガコン、と止まっていた鼓動が動き出す。
ガリガリ、ガリガリと、何かが無理矢理動かされているような音が響く。僕の体は修復されていき、やがて全ての傷口が塞がった。
「ちっ……なんだよ、このクソ不味さは」
神にとって僕は美味らしいが、僕にとって神はゲテモノだった。口に入れるだけで吐き気がする。だが今はこれを食べるしかない。神の力をこの身に取り込み、己の力とするために。
「……来たか」
血まみれで立つ僕の前に、残る二体の神がやってきた。
楓を求めて。
僕の中に生まれた、至高の味の、毒酒を求めて。
「こいよ、次の獲物は、お前たちだ」
飛びかかってきた神の残骸に、僕は食らいつく。僕の力をむさぼろうとする神の残骸に噛みちぎられ、引きちぎられながら、神を捕まえてバリボリと噛み砕き、自分の中に取り込んでいく。
七日七晩の死闘の末に、僕はどうにか二体の神を食らい尽くした。
「ククッ……」
楓機構は動き出した。
ガラガラと鼓動がする。以前とは桁違いの力が生まれている。神の力で蘇った楓機構は、以前とは別物だ。これが動く限り、僕は動き続ける。生きてもいない、死んでもいない、でも僕は動き続ける。今なら滅びた数万の手足を蘇らせることだってできる。だけどそんなことはしない。僕は僕だけでいい、置き換え可能な手足など無くていい。
「まずは……」
僕は落ちていた枝を拾った。切っ先が鋭い方を自分の胸に向け、思い切りつき立てる。
「ち……くしょう、痛みはあるのかよ……」
僕は痛みに耐えながら、空いた穴に手を突っ込んで胸の奥をまさぐった。
あった。
それをつかみ、無理矢理引きずり出す。それは、楓機構の中核となる部品の一つ。鬼を倒し、無用となった楓機構に自殺を命じる、初代一寸法師が組み込んだ安全装置。
そんなものはいらない。僕は引きずり出したそれを岩に叩きつけ、破壊した。
ガラガラと鼓動がして、僕の傷を癒していく。なるほど、この程度の傷だとあっという間に直るのか。さすがは神の力だ。
「で、次は……」
そしてもう一つ、やることがある。
僕は岩の上に腰を下ろし、虚空に向かって呼びかけた。
「やあ」
誰もいないその空間、その遥か先に、かつて僕の手足だった者がいる。
神子・楓。
女となり、妻となり、母となった、僕の複製。
「僕の代わりに、幸せになってくれてありがとう」
神子・楓の顔が恐怖に歪む。なにせ原本と複製だ、僕と彼女はつながっている。僕が何をしていたのか、これから何をしようとしているのか、口に出さなくとも彼女には伝わる。
明日は娘の出立の日、せめてそれまではと、彼女は僕に哀願する。
「そう。それはおめでとう」
僕は楓とのつながりを切った。
楓が止まる。動力を止められた手足は、自ら動くことができずに崩れ落ちる。周りにいた神官が慌てて駆け寄り、知らせを受けて家族が駆けつけてくる。
僕は、最後に駆けつけてきた大きな男の姿を見る前に、視界を絶った。
「さて……」
何の感慨も湧かぬまま、僕は立ち上がり背伸びをした。
見上げると、満天の星空。
そこは神々の世界。あそこへたどり着くには、さてどうしたらいいのだろうか。
「ま、そのうち考えるか」
僕はとりあえず、血まみれの体を洗い服を手に入れるため、神域の柵を再び乗り越えることにした。




