63 人形・楓 七
目が覚めたとき、すでに日は沈みかけていた。
耳元で虫の羽音がする。傷の周りで何かが蠢いている感じがする。気持ち悪いと思ったけど、もう体が動かなかった。
死ぬんだな、と思った。
とはいえ、僕は人形だ。死ぬというのは違うのかもしれない。ただ単に動かなくなるだけ、元の土塊に還るだけ。その事実を思っても、僕はもう何も感じなかった。
見上げると、満天の星空が見えた。
神々が住まう、天上の世界。だけどそこに僕の祈りは届かない。人ですらない、ただの土塊の願いなど、叶える価値のないものに違いない。
「……滅びてしまえ」
僕は神に向かって呪いを吐いた。ただ一目隼人に会いたい、その願いすら聞き届けなかった神。僕を好き放題に蹂躙し、ひたすら貪った三体の神。生まれる意味なんてない僕が生まれても放置し、挙げ句の果てに欲望の対象とした神。
あんな奴らに祈る願いなどない。滅びてしまえばいい、神なんて滅びてしまえばいい。
ガサゴソと、何かが草をかき分けて近づいてきた。
僕は力を振り絞ってそちらを見た。獣か何かかと思ったが、違った。
神だった。
僕を蹂躙した、三体の神のうちの一体、その成れの果て。楓機構が生み出す無限のエネルギーに溺れ、二代目によって滅ぼされた、神の残骸。
──か……え、で……
草をかき分け、這いずりながら、神の残骸が僕に近づいてくる。
──よこ……せ……かえ……で……よこ……せぇ……
縄で縛られ、身動きできない僕に神の残骸がのしかかる。吐き気がするほどおぞましい。これが神の正体なら、滅んでしまえばいい。
ああ、そうだ、滅ぼしてしまえばいい。
「そんなになっても……僕がほしいの?」
僕にのしかかり、貪ろうとする神。僕に狂った神。正気を失った神。もはや滅びるしかない、神の残骸。
──がぁ……
僕の中に入ろうとした神が弾かれた。僕を縛り付ける縄のせいだった。どうやら神官の祈りが込められているようだ。
「縄、切ってよ」
僕の求めに、神が刃となって縄を切った。加減ができず、僕の服や体も切り裂く。縄と服の区別もつかないのか、何度も何度も刃がきらめき、僕の服はズタズタにされ、体には幾つもの切り傷ができた。
「いいよ……きなよ」
神が歓喜の声を上げ、僕に飛びかかった。
ざくり、と僕の腹に刃が突き刺さる。そのまま真一文字に腹を切り裂かれ、どろりと内臓が溢れ出す。
「がっ……ぐ……ぐぁぁぁぁっ!」
神が僕のはらわたを貪る。僕は激痛に耐えながら、その神を両腕で抱きしめた。
捕まえた。
神を捕まえた。僕が神に捕まったんじゃない、神が僕に捕まったんだ。
「に……じゅうねんも……お前らに食われ続けたんだ……」
無我夢中で僕のはらわたを咀嚼する神を、渾身の力で抱きしめた。切り裂かれた腹の中に神を押し込み、噴き出す血の海に神を沈めた。
「食べ方はわかってるんだよ! そのまま僕が、食ってやる!」
激痛で何度も意識が飛びそうになった。
歯を食いしばってその痛みに耐え、僕を貪る神を逆に食らった。腹に押し込み、血の海に溺れさせ、はみ出た部分に思い切り噛み付いて食いちぎってやった。
「滅べ……滅べ、神! お前らは僕が食ってやる!」
滅ぼしてやる。こんな神、滅ぼしてやる。鬼を倒すために作られた僕だ、鬼がいないのなら、神を滅ぼしてやる。
「ああ、食ってやるとも! 待ってろ神、お前ら全員、この僕が食ってやる!」




