61 人形・楓 五
初代一寸法師は天才すぎた。それゆえに、彼が残した策略は子孫たちにも正しく伝わらず、また鬼に悟られるのを防ぐため秘匿されたものもあった。
楓機構も、そんなものの中の一つだ。
二百年前、鬼を倒したお姫様と同じ名前の人形たち。お姫様が鬼を倒せず、鬼が「神の卵」と呼ばれる巨大な力を手にした時、動き出すはずだった仕組み。そして、鬼が倒されたと同時に、不要になった仕組み。
それが、百年も遅れて動き出し。
さらに百年たって、僕が生まれた。
いいや、作り出された。僕は人じゃない。土塊にかりそめの命を与えられ、終わった役目を果たすべく作り出された矛盾の塊。
「そう……僕は、やっぱり何もしなくていいのか」
領主は、隼人の父は正しかった。僕に与えられた役割はない。ただただ生きて、朽ちて、死ぬだけの、生まれた理由のない人形。どこからどう見ても人だけど、でも僕はただの人形だった。
「お、おい、どこへ行くんだ?」
立ち上がり、歩き出した僕に鬼が声をかけた。
「帰る」
「帰る? どこへ」
「町へ」
それでも僕はまだ生きている。だから、僕がいた場所へ帰る。そこで何の役目がなくても、ただ朽ちて死ぬだけだとしても、僕は僕がいた場所へ帰りたい。
「やめとけ。お前の居場所は、もうないぞ」
二代目が僕の背中に告げた。
「それに、機構が止まった。次に傷ついたら、お前は滅ぶ」
「止めたのは……君か?」
「いや。役目が終わると同時に機構は止まる、そういう仕組みだ。安全装置もあるしな」
それは、不要になった楓機構が暴走するのを防ぐ仕組み。鬼を倒し、もはや戦う必要がなくなったとき、楓機構に埋め込まれた自殺命令が動き出すことになっていた。
ああ、あの日、僕が死のうとしたのはそういうことか。
遠い記憶を呼び覚まし、僕は納得した。
あの日、突如として僕に滅びろと命じた声。あれが安全装置だった。抗えない強烈な声に、僕は自我を失い、自ら滅ぶべく川に身を投げた。
だけど僕は生き延びた。埋め込まれた自殺命令はなぜか無効となり、僕は未だに滅んでいない。
「お前だけが動き続けていた。はっきり言って謎だよ」
「あいつらは? あの悪霊たちは?」
「あれは、お前の手足だ」
女王蜂と働き蜂。僕とあの悪霊たちとの関係はそれだった。手足が壊れても、僕がいればまた生まれる。僕が動き続ける限りあれらは動き続け、僕を守るためにあれらは戦う。
「もっともお前は、手足に役目を乗っ取られたけどな」
ああ知ってるとも。僕を蹂躙しながら神が教えてくれたから。神は、禁忌の森で僕の手足と戦い、僕という甘い蜜がいないことに気づいた。だから、僕の手足を切り離し、僕と入れ替わることを餌に協力させた。
そして僕と入れ替わった一体が、今は側室として隼人のそばにいる。
「僕が……僕が、僕のいるべき場所に戻って、何が悪いんだよ!」
僕は大声でそう叫び、走り出した。
会えばわかってくれると思った。隼人なら、どちらが本物の僕かわかってくれると思った。意味もなく生まれ、成すことのない命だけれど、こんな僕を隼人は愛してくれた。
楓機構は止まった。
僕の命は、この先どれだけあるかわからない。
だから、せめて最期は、愛する人のそばにいたい。神殿の片隅のあの部屋でもいい、なんだったら牢獄の中でもいい。
町に帰り、隼人の近くで、この命を終えたい。
僕は、ただただ隼人に会いたくて、その一心で走り続けた。




