60 人形・楓 四
鬼と戦いこれを撃退した初代一寸法師は、やがて復活する鬼との戦いに備えて無数の策略を張り巡らせた。その策略の最後の最後に、余った材料で作り上げたものがあった。
それが「楓機構」。
発想は実に単純。一対一で敵わないのであれば、数の力で押し切る。永遠に生まれる力をもって鬼にかすり傷を与え続け、積み重ねることで致命傷とする。
その役割を担ったのが、「楓」と呼ばれる人形だ。億を超える人形が、永遠に生まれる力をその身に宿し、鬼が倒れるまで戦い続ける。倒れても、壊れても、宿った力によって修復され、鬼を倒すまで動き続けるよう命令を与えられた。
「そのうちの一体が、僕なんだろ?」
僕を貪り続けた神に聞かされたことを話すと、二代目は静かにうなずいた。
「え、なに、そんなエゲツない仕組みだったの?」
鬼は詳しい仕組みを知らなかったらしく、僕の話を聞いてげんなりとした顔になった。
「さすがに……億単位のコレに囲まれたら、死ぬな」
神は言っていた。数で押し寄せる「楓」のことは、少し前から神や鬼の間で噂になっていた。そのうっとうしさたるや比するものがなく、関わり合いにならぬのが一番である、と言われていた。
だが、神にも物好きがいたらしい。
たまたま出会った「楓」を食してみたところ、その身に宿す「力」が、エネルギー体である神にとってこの上ない美味であったという。まさに至高の一品、一度食べたらもう他のものは食べられず、しかも「楓」の力は永遠に生まれ続ける。
一体捕らえれば、至高の美味が永遠に手に入る。それが神にとって毒だとわかっていても、一度至高の美味を知った神たちは、密かに「楓」を求め続けた。
「ま、あの三体の神も、そのクチだろうな」
「そんなにうまいの……これ?」
鬼が、僕を見てゴクリと喉を鳴らす。鬼も神と同じ。食らうのは人の肉ではく、人のもつエネルギーだ。
「やめとけ。麻薬みたいなものだ、て言ったろ? 楓を味わった神は、ほとんどが狂ってる」
「……鬼も?」
「鬼は死んでる」
楓機構は鬼を倒すための仕組み。その身には鬼が思わず食べたくなるような珍味が練り込まれ、しかしそれは鬼にとって猛毒で、弱い鬼なら一口で命を落とす。
「どこまでもエゲツないな。お前の先祖はどういうやつなんだ?」
「天才だよ。紙が破れた、な」
天才と何とかは紙一重。何とか、すなわち、狂人。初代一寸法師は、その域にまで達した天才だったようだ。
「オイラも昔は尊敬してたんだがなあ。さすがにここまでくると、ドン引いた」
楓機構のことを知った二代目は、放置してはおけぬと後始末に乗り出した。それがおよそ百年前。神や鬼にも「楓」を問題視する者がいて、そういった者たちの協力を得て、世界中に散らばっていた「楓」たちを滅ぼしていったという。
「にしても、永遠に生まれる力、て何だ?」
「それだよなあ……」
鬼の問いに、二代目は頭を掻く。
「源泉は矛盾の力。相容れないはずのものを一つにして、そこで生まれる相克の力を利用している、とは聞いている」
命ある土塊。死ぬために生きている人形。無数でありながら一つ。そんな、ありえない存在が「楓」。
「けど、はっきり言ってわかんねえ。神にも鬼にも、理解できたやつはいないんだよ」
「なんだそりゃ。それじゃ……」
「聞きたいこと、あるんだけど」
僕は、口を開きかけた鬼に割って入った。
悪いけど、そんな話はあの三体の神に散々聞かされた。いまさらどうだっていい。僕がいないどこかで、勝手に議論してればいい。
僕が聞きたいのは、たった一つ。
「僕が倒す鬼は、どこにいるの?」
鬼を倒すために作られた楓機構。ならばその一部である僕は、鬼を倒すために生まれたはず。それが僕が生まれた唯一の理由で、すがるべき使命のはず。
僕が生まれた理由は、使命は、今どこにいるのか。
そんな僕の問いに、二代目は静かに、きっぱりと答えた。
「倒した」
「……倒、した?」
「ああ、二百年前にな」
「二百年……前?」
楓機構が動き出したのは百年前。神はそう言っていた。嘘ではないだろう。嘘をつく理由がない。だとしたら楓機構は、動き出した時にはもう存在理由がなかったというのか。
「知らなかったのか? わりと有名なおとぎ話になってるんだけどな」
「ひょっとして……橘姫と神の卵の……あの……おとぎ話?」
「ああ、そうだ」
知ってるとも。あのお話のことなら知ってるとも。隼人と桔梗と三人で、よく読んだもの。隼人が鬼になって、桔梗がお姫様になって、僕が小人になって、そうやって鬼退治ごっこをしてよく遊んだもの。
「なんだよ、それ」
ガコン、と大きな音とともに、僕の鼓動が止まった。
「じゃ、僕は……なんで、生まれたんだよ」




