58 人形・楓 二
三体の神が驚く気配がした。
それで、その声が空耳ではないことを悟った。僕はやっとのことで声がした方へ視線を向け、そこにいる者に驚いた。
大きな体、頭には二本の角、そして口に牙。
「お……に……?」
神がざわめく。しかしそれはすぐに嘲笑となった。
──若造の鬼が、何用か。
人から見れば同じような脅威でも、その中には格差があるらしい。現れた鬼は、僕を蹂躙する神にとっては格下で、取るに足らない相手のようだ。
「ばっか、よく見ろい。お前らに用があるのはオイラだよ」
そんな神の嘲笑に、威勢のいい声が応じた。
え? と僕は目を凝らした。
答えたのは鬼じゃない。入口から差し込む光の中、鬼の影が浮かび上がっている。しかしよく見ると、鬼の左肩にはもうひとつ小さな影があった。
「お、おい、マジで大丈夫なんだろうな?」
「お前なあ、でかい図体してビビってるんじゃねえよ」
鬼が、その小さな影に震える声で語りかけている。それに気付いて神が再びざわめく。
──小人族か!?
「こ……びと……?」
鬼の天敵、小人族。
かつて鬼に追い詰められた人を助け、鬼を撃退した小さな勇者たち。子供の頃、隼人や桔梗と一緒に聞いたおとぎ話の中で活躍していた小人は、鬼を退け、神と戦い、人の世界を守っていた。
──何用か?
──ここは我ら神の神域。
──無断で入り込むとは無礼な。
三体の神が口々に叫んだ。周囲に満ちていたエネルギーが集まり、人に近しい形をとって現前する。
「えらそうに。人形相手にクソみたいなことしやがって。何が神域だ。恥を知りやがれ」
「お、おい、挑発すんな」
「お前なあ、ビビるなっての。こんなラリった状態の奴ら、お前でも倒せるぜ」
「んなこと言われてもよお……」
いかつい顔をした鬼がこちらを見た。その顔になんとなく見覚えがあった。確か……この三体の神の前に、禁忌の森に入り、悪霊となった僕たちと戦った鬼だ。
「いや、怖えって。こいつら、鬼の世界でも名が通ってる神だぜ?」
「情けねえな、お前だってそこそこやるんだろ?」
現前した神に対して、鬼は明らかに腰が引けていた。しかし、小人の方はどこまでも強気だ。
「まあいいさ。無理言ったのはこっちだ。あとはオイラだけでやるよ」
小さな影が鬼の肩からふわりと浮いた。影が青い光に包まれて、その姿があらわになった。
「さてと。小手調とか、そういうめんどくさいことはなしだ。最初から全力全開でいくぜ」
──お前……
明らかに神がひるんだ。当たり前だ、この小人はただの小人じゃない。
金髪碧眼やや吊り目。頭にはねじりはちまきを巻き、桜色の法被をまとう、まるでこれから祭りにでも行くかのような、賑やかな格好。
子供の頃に聞いたおとぎ話そのままの姿。だとしたら。だとしたら、こいつの名は。
「我こそはポポロビッチ=バン=ピロスキー。またの名を、二代目一寸法師!」
名乗りとともに、小人族の中でも鍛え抜かれた真の勇者にしか纏えないという、青いオーラが光る。
「お前らクソ神どもをチリにしてやる。覚悟しやがれ!」




