57 人形・楓 一
──誰か教えて欲しい。
いったい僕は、何を見せられているんだろうか。
いや、見ているのではない。
彼女が見て、聞いて、触れて、感じて、考えて、そうして歩んできた人生が、まるで自分のことのように思えた。
今ここにいる自分は夢で、あちらにいる彼女が本物。もしくは、自分が本物で、あちらが夢。
ああ、そうじゃない。
僕が原本で、あちらが複写。
いや、今となっては立場が逆。あちらが原本で、僕が複写。原本に何かがあったときのために、複写の僕には彼女の人生全てが流れ込んでくる。
「ちくしょう……ちくしょう……」
そこは僕の場所だ。僕が過ごすはずだった場所だ。僕が過ごしたかった場所だ。そこにどうして彼女がいる。僕の代わりに幸せな人生を歩み、豊かな人生を送る彼女をどうして見続けなければならない。
「がっ……!?」
僕の体を、神が串刺しにした。本来の姿、エネルギーの塊となった神が、僕の体に入り込み、僕の体の中で生まれた力を貪り食らう。
「ぐ……ぐぁぁぁぁぁっ!」
僕は悲鳴を上げ、あまりの苦痛にのたうち回った。
容赦なく吸い取られ、干からび、何度も死んだと思った。体が朽ち、心が壊れ、発狂したのだって一度や二度ではない。
だけど、僕はその度に蘇った。
──すばらしい……すばらしいぞ、楓。
肉体を捨てた神の声が直接脳に響いた。
あの日以来。
鬼を騙った神が禁忌の森を焼き払い、僕と悪霊の一体を入れ替えたあの日以来。僕は三体の神が作り上げた神域の奥深くに閉じ込められ、蹂躙され、貪られ続けてきた。
そして、彼女の姿を見せられ続けた。
女として生まれ変わった姿を。
神子として町の人に敬われるようになる姿を。
神の命と称して隼人の側室になる姿を。
隼人と愛し合い子を成す姿を。
子の成長に喜び、悩み、奔走する姿を。
そして、残り短い人生を思って友人と語る姿を。
「ちく……しょう……」
いっそ殺せ。殺してくれ。なんでこんな惨めな思いをしながら、僕が欲しかったものを手にいれる彼女を見続けなければならないんだ。
「あ……」
神に力を貪られ、意識が薄れていく。死んでしまう、消えてしまう、そんな生物として極限の苦痛を味わい、身も心もズタズタにされたとき、それが動き出す。
カコン、カコン、と音が響く。
神に貪られ、失われた力が補われていく。
──どうれ、次は私だ。
僕の中に巣食っていた神が出て行き、別の神が入り込んでくる。その苦痛に絶叫を上げ、再び貪り食らわれる苦しみに悶絶する。
やめて……。
カコン、カコン。
もう死なせて……。
カコン、カコン。
お願いだ、もう僕を消して……。
カコン、カコン。
お願いだ……誰か、誰か……たすけて……。
──さあて、私の番だな。
力を貪った神が出て行き、また別の神が入ってくる。
永遠に続く責め苦。ここに閉じ込められて二十年、一時も休まずに続く神の暴虐。
「このクソどもが。いい加減にしやがれ」
死ぬこともできないその絶望の中、僕の声に応える者が──ようやく、やってきた。




