56 神子・楓 捌
一ヶ月後の新月の夜、私は隼人の側室となった。
気持ちの整理はつけていただけに、いざ元の鞘に戻るとなると心が乱れ、平静ではいられなかった。未練タラタラだった、という隼人はなおさらだった。
だけどその逞しい胸に抱きしめられると、隼人への愛おしさがこみ上げてきた。私と隼人はお互いの名を何度も呼び合いながら、諦めたはずの幸せに浸り、喜びを爆発させた。
「ねえ、隼人」
空が白み始めた頃、服装を整えているそのたくましい背中を見ながら、私は夫となった人の名を呼んだ。
「何だか、夢みたいだね」
「そうだな」
決してなれないはずだった関係に、こうしてなれた。幸せでないはずがない。私は隼人に手を伸ばし、隼人が私の手を握ると、隼人を引き寄せて甘えるように口づけをした。
「がんばって、隼人の子供、産むね」
「ああ、たくさん産んでくれ」
「うん……だから、いっぱい、愛してね」
ああ、何だか大胆なことを言ってるな、と思うと恥ずかしくなって、私は寝具を顔まで引き上げて潜り込んでしまった。
◇ ◇ ◇
翌年、私は隼人の子を生んだ。女の子だった。その二ヶ月後には桔梗が三人目の子となる男の子を産んだ。私のところに通いながら、桔梗ともやることやってたのか、とやや複雑な気分にはなったけれど、桔梗なりの嫉妬心の表れだったんだと思うと、桔梗にも可愛いところがあったんだな、と思った。
二人目を産んだのが二年後、さらに三年後に三人目を産んだ。桔梗ももう一人産んで四人。隼人の子供は全部で七人となり、行事でそろったときはうるさいぐらいに賑やかになった。
神子の子供、ということで、私が産んだ子供たちは特別視された。
甘やかされてわがままいっぱいになってしまったときにはどうしたものかと頭を悩ませたけれど、隣町から人を呼んで厳しく躾けてもらい、性根から鍛え直してもらった。
ときには慌ただしいけれど、穏やかで平和な毎日を過ごし、気がつけば私が女になってから二十年が過ぎていた。
「あっというまだったね」
「そうね」
その日、私と桔梗は二人だけで会っていた。
明日、私の一人目の娘が町を旅立つ。
最初の取り決め通り、私の子供たちはこの町の領主にはならない。町を離れ、出会うべき人に出会い、その血を広く後世に残すのが私の子供たちの役目だった。一人目の娘は、神の力を受け継ぐ神子の娘として、遠く離れた都にいる帝に仕えることになっていた。
「あの子の未来は、どんな未来なんだろうね」
「さあね。でも、あなたと隼人の子だし。たくましく切り抜けていくんじゃない?」
「そうね。そうあってほしいわね」
悪霊に負けない、強い人を残せ。
神の命はこれで果たせるのだろうか。あれ以来、神からの言葉はなく、これが正しい道なのか確かめる術はない。でも、これ以外にやりようがなかった。あとは天運に任せるしかない。
「子供が大きくなって、巣立っていくのを見送って。私たちの人生ももうじき終わりね」
「そうね」
私がうなずくと、桔梗は「一つ聞いていい?」と真剣な表情になった。
「幸せだった?」
「なに、急に?」
「ちょっと聞いてみたいと思っただけ。あなたって……奇特な人生送ってるし」
生まれた町の人は死に絶えた。男同士でありながら隼人と愛し合い、神を受け入れて神子になった。悪霊に襲われて瀕死の重傷を負い、神の力で女になり、愛する人との間に子供を産んだ。
簡単にまとめるとそんな人生。確かに奇特だった。
「男だったときは、結構悲惨な人生だったけど。でも……そうね、幸せだったと思う」
「そう」
私の言葉に桔梗が笑った。ああ、いい笑顔だな、と思った。
「私も、幸せだったわ。残りの人生も、そうありたいと思ってる」
「そうね」
「これからもよろしくね」
「こちらこそ」
愛する人と、大切な幼馴染。そして愛しい子どもたち。
こんな幸せな人生を送らせてくれた神に、私は心から感謝した。




