52 神子・楓 肆
数万に達する悪霊が神に群がり、神はそれを虫でも追いはらうかのように倒していった。叩き壊され、吹き飛ばされ、次々と破壊されていく悪霊たち。力の差は歴然。勝負にすらならない。
しかし悪霊は、個の力ではなく数の力で神を攻めた。倒されても倒されても、後から湧いて出る悪霊が神に群がり、神の力を食らい尽くさんとする。
「聞きしに勝るうっとおしさだな」
神はうんざりしながらも、焦る様子もなく悪霊を倒していった。
東の空にあった太陽が南天し、少しだけ西の空へ移った頃。
悪霊は一体残らず破壊され、禁忌の森だった場所を埋め尽くすガラクタと化した。
「お、終わりましたか?」
ただ見ていることしかできなかった、神官と護衛の兵がやってきた。神は何も言わず、抱えていた僕を神官に放り投げた。
「これで終わりなら、期待外れだがな」
放り投げる直前、神は僕の耳元でそう囁いた。どうして僕にそんなことを言うのかわからなかった。神から僕を受け取った神官は、僕がかすり傷ひとつ負っていないことを確認し、安堵の息をついた。
「とりあえず、戻りましょう」
僕は兵が運んできた輿に乗せられた。神は何も言わず、僕には目もくれず、壊れて地面を埋め尽くす悪霊を見つめ続けていた。
カコン、と鼓動が響いた。
僕の内から、それに合わせて周囲から。
「きたか」
神が笑う。
人が戸惑う。
そして僕は慄く。
カコン、カコン、と僕の鼓動に合わせて音が響き、壊れていた悪霊たちが動き出した。
「な、なんと!?」
兵の一人が声を上げた。音が響くたびに、壊れて倒れたはずの悪霊が修復されていく。折れた腕が直り、引きちぎられた足が繋がり、バラバラにされた体が元に戻っていく。
「クッ……ククククッ……ハハハッ、いいぞ、素晴らしいぞ!」
神が笑う。
そして、兵と神官に守られた僕にギラギラとした目を向けた。その目で射抜かれて、僕は息すらできなくなり、輿の上で倒れた。
「神子様!?」
「どけ」
神が目の前にいた兵を殴り飛ばした。戸惑う神官たちを視線で圧殺し、輿を担ぐ兵を殴り飛ばして僕を奪い取った。
「素晴らしいじゃないか。永遠に生まれ続ける力。これが鬼を倒すために一寸法師が作り上げた、楓機構か!」
「そうですよ」
僕ではない、冷ややかな声が神の叫びに答えた。
声の主は僕だった。悪霊として禁忌の森に巣食っていた、無数の僕のうちの一体。全身ズタズタにされ、血まみれだったはずなのに、カコンカコンと鼓動がするたびにその体が直っていく。
「無事、お手に入れたようで何よりです」
悪霊が薄ら笑いを浮かべ僕を指さした。神が僕を冷たい目で見て笑う。
「さて、どうかな。これが本物かどうか、確かめておかないとな」
「確かに」
カコン、カコンと音が響く。
神の力で薙ぎ払われた禁忌の森に、僕と同じ顔の悪霊が満ち満ちて、僕に合わせて鼓動を響かせる。
「ならばお試しください。約束はお忘れなきよう」
ガラリ、ガラリと音がして、数万の悪霊が再び立ち上がる。直っていく。修復されていく。神と僕とを中心に、十重二十重に取り囲む。
「行こうか、私たち」
生き残れるのは一体のみ。
生贄になるのも一体のみ。
残りはみんな、塵となれ。
その言葉を合図に、復活した悪霊が神に飛びかかった。
「来るがよい」
神が祈り、その体が光り始めた。肉体の空の中にある純粋なエネルギー体。それが神の本体。その本体から膨大な力が溢れ出し、刃となって飛び出した。
「かはっ……」
僕のお腹を神の力が貫く。激痛に悲鳴を上げ、逃れようともがいたところに悪霊が殺到した。
「消え去れぇい!」
神が叫び、光が弾け──そして、禁忌の森は消滅した。




