49 神子・楓 壱
神子になって四ヶ月が過ぎた。
僕はその間、部屋から一歩も出なかった。季節は夏から秋へと変わり、やがて冬になろうとしていた。隼人と桔梗の結婚式は冬至の祭りに合わせて行われることになり、僕は祭りと隼人たちの結婚式の両方に出席するよう進言を受けた。
「出ないよ」
「……は?」
僕が即答すると、神官長は目を見開いて絶句した。
冬至の祭りがどれだけ大事なものなのかはよくわかっている。
次期領主である隼人の結婚式も、町を挙げて行うべきものだというのも理解している。
だけど、僕はそのどちらにも出席する気はなかった。望まれてこの地位にいるのではない。他に処しようがないから神子に祭り上げられただけだ。のこのこ神子として人前に出て偉そうに振舞おうものなら、みんなに笑い者にされるのがオチだ。そんな僕に祝福を受けることで、隼人を町の人の笑い者にしたくなかった。
「神子が神事に出ないなど、ありえません」
そう苦言を呈した神官長を三日間の謹慎に処すると、誰も何も言わなくなった。
ほっとしたのも束の間、今度は僕が隼人と桔梗の結婚式に出ないのが嫉妬ゆえだと思われるのではないか、と心配になってきた。
確かに、僕は隼人を愛していた。だからこそ、隼人と桔梗の二人には幸せになって欲しいと本心から思っていた。町の人にそれが伝わらなくてもいい、ただ隼人と桔梗の二人にはそれをわかってほしかった。
妙案が思い浮かばないまま、三日か過ぎた。
「禁忌の森に、悪霊が出るそうです」
神官長の謹慎明け初仕事はその報告だった。
悪霊と聞いて、僕は眉をひそめた。三体の神がこの町へ来る前に戦ったという悪霊。その直前に見た夢が無関係だと思うほど、僕も間抜けではない。
「一度、様子を見に行こう」
「神子様直々にですか?」
「ちょうど冬至だし。鎮魂の祈りを禁忌の森に捧げよう」
町の安全のため祈りを捧げる。禁忌の森へ行く名分として十分だ。神官長は渋い顔をしたが、苦言を呈して謹慎になったばかりだからか、それ以上何も言わなかった。
その数日後、近隣の町から神子である僕に対し、禁忌の森へ鎮魂の祈りを捧げて欲しいとの要望も届いた。彼らの訴えによると、悪霊は近隣の町で暴れ回っているらしく、神子がいるこの町だけが被害を免れているという。
「神子のお力で、悪霊をお鎮めください」
どうせ行くつもりだったからいいか、と僕は軽く考えていたけれど、神官長は顔色を変えて僕を諌めた。
「恐れながら、神子様はまだ修行をしておりません」
祈りには手順がある。無論、僕はそんなもの知らない。禁忌の森へ行き、祈りの真似事をするだけならなんとかなるけど、悪霊を沈めるとなると話は別。神を受け入れその力を宿しながら祈りを知らない僕は、悪霊にとってはただただ美味しそうな餌に過ぎないらしい。
「危険過ぎます。この件、どのようなお咎めを受けようとも、断固反対いたします」
神官長の言い分はわかったけれど、僕も内心焦っていた。隼人と桔梗の結婚に嫉妬して顔を出さない、という噂が立つのも嫌だったけれど、それよりも悪霊が僕と同じ顔をしていると知られたらどうなるか。神子の地位に何の未練もないけれど、それでも、もうゴミのように虐げられて生きていくのは嫌だった。
「今から修行したら、なんとかならない?」
「無茶です。最低でも一年はかかります」
冬至は十日後。どんなに詰め込んだって終わるわけがない。
「どうしてもと言われるのでしたら、私も同行いたします」
「君が同行したら、誰が隼人の結婚式を取り仕切るのさ」
「ですが」
なおも言い募る神官長を説き伏せるため、僕はやむなく切り札を出した。
「三体のいずれかの神に助力を乞う。それならいいだろ?」
神の名を出されては神官長も黙るしかなかった。正直、二度と会いたくない相手だったけれど、他に方法はない。他の町の領主も、おそらくそれを期待して僕に依頼したのだろう。
「助力を乞う祈りを捧げる。それぐらいなら、二、三日でなんとかなるよね?」
「承知しました。ご指導させていただきます」
こうして、僕は相手の思う壺にはまった。




