46 来訪
閉め切ったままだった扉が勢いよく開いた。
「楓、生きてる?」
うずくまってまどろんでいた僕は、その凛とした声に叩き起こされた。のろのろと顔を上げると、部屋の入口に背の高い女性が立っていた。
桔梗。隼人と僕の幼馴染で、もうじき隼人の妻になる人。髪は肩のところでバッサリと切りそろえ、猫のようなしなやかさを感じさせる体つき。女性らしさよりも強さの方を感じるけれど、そんな彼女が隼人の隣に立つととてもお似合いの美しい女性になる。
「返事ぐらいしなさい」
桔梗は部屋に足を踏み入れ、顔をしかめた。すぐに窓を開けて部屋の空気を入れ替えると、うずくまったままの僕の前に力強い足取りでやってきた。
「生きてるの?」
「……うん」
「じゃあ、さっさと立ちなさい」
桔梗は僕の腕をつかむと、強引に立たせた。
「……なに?」
「いいから来なさい」
「でも、僕はここから……」
「つべこべ言わずにさっさと来る!」
ぼんやりとしている僕に苛立ったのか、桔梗は僕を引っ張って歩き出した。
「ど、どこに行くの?」
「うちよ」
「桔梗の家?」
僕は血の気が引いた。桔梗の父親は領主の信任厚い、この町の警備隊長だ。そんなところへ連れて行かれるなんて、悪い予感しかしなかった。
「僕……僕、処刑されるの?」
震える声で尋ねると、桔梗が立ち止まり、僕を見つめた。
「いっそその方が、楽かも知れない」
桔梗がふわりと僕を抱きしめた。予想もしなかった桔梗の行動に、僕は戸惑い、うろたえた。
「隼人のことで……あなたに嫉妬しなかった、とは言わないけれど」
桔梗が短く言葉を切り、僕をしっかりと抱きしめた。
「それでもね、あなたは、私の幼馴染で、仲良しの友人よ。こんなの……」
唐突な桔梗の告白、そして絶句に僕は戸惑った。僕を抱きしめる桔梗は小さく震えていて、まるで泣いているようだった。
「桔梗……何があったの?」
「神が来たの」
桔梗の両腕に力が入った。
「あなたを、名指しで呼んでいるわ」
「僕を……?」
ズクンッ、と僕のお腹のあたりがうずいた。
「な……なんで? なんで僕?」
「わからないのよ。でも……あなたを差し出さないと町を滅ぼす、て……取りつく島もないの」
夢で見た光景が思い浮かぶ。鬼を相手に、神を相手に戦っていた僕。神も鬼も、人が挑むこと自体がありえない存在だ。鬼や神の前では、人はただ平伏するしかない哀れな存在。それなのに僕は、鬼や神に挑んでいた。
いや、あれは夢だ。ぼくは森になんて行っていない。ずっとあの部屋にいて、膝を抱えて座っていただけ。
だけど、だけどなぜ、神が僕を名指しする?
「何か、心当たりは?」
僕を抱きしめたまま、桔梗が抑揚のない静かな声で尋ねた。
「僕……僕、何も、知らない……」
「……そう」
桔梗の腕から力が抜けた。僕の両肩に手を置き、静かな目で僕を見つめていたが、大きく息を吐くと「いきましょう」と僕の手を引いて歩き始めた。
「領主様と隼人が、酒席をもうけて神をもてなしているわ。あなたは饗応役としてそこへ行きなさい」
「饗応……役?」
それが何を意味するかわかるわね?
静かな声で尋ねる桔梗に、僕は恐怖で震えながらうなずくしかなかった。




