44 森の戦い・鬼
僕は深い森の中にいた。
僕の視線の先には異形の者がいる。隼人よりもさらに大きな体で、頭には二本の角、口を開けると鋭い歯が見えた。
鬼。
人の天敵。かつて人は鬼によって滅亡寸前まで追い詰められた。小人族の助けを借りて何とか撃退したものの、千年以上たった今でも、鬼は人の天敵だった。
その鬼に、僕が襲いかかる。
鬼は僕の一撃を軽々と受け止め、すさまじい威力で僕を殴り飛ばした。
僕は、頭を砕かれた。
「いまいましい」
僕は、舌打ちする鬼の後ろ姿を見ていた。鬼が静かに振り返り、僕を睨みつける。
「楓、か」
鬼は僕の名をつぶやいた。そして「うんざりした」と言わんばかりの表情を浮かべると、両手を合わせて祈りを始めた。
「聞きしに勝る、うっとおしさだな」
瞬きののち、僕は右側から鬼を見ていた。また瞬きをすると、今度は左側から鬼を見ていた。僕の視点は瞬きのたびに変わっていき、一周して正面へ戻ると、鬼の手に光が生まれているのが見えた。
あれは、まずい。
そう考えた瞬間、僕は四方八方から鬼に襲いかかった。鬼は舌打ちしつつ、僕を次々と蹴り飛ばし、それでもなお襲いかかる僕を肘と頭突きで叩き落とした。
「まとめて吹き飛ばしてやるから、大人しくしてろ!」
鬼の咆哮に、僕はその祈りを掻き消さんと攻撃を続けた。鬼はいまいましそうにはしているが、僕の攻撃ではびくともせず、ついに祈りを完成させた。
「消えろ、人形!」
鬼が両手を広げた。鬼の手から光がほとばしり、僕を次々と打ち倒していく。打ち倒されるたびに僕の視点は切り替わる。僕は反撃を試みるが、鬼が放つ光に阻まれて鬼に近づくことすらできなかった。
僕の視点は動かなくなった。
鬼の左斜め上、木の上から落ちていき、鬼のすぐ横に落ちた。まだ動く右手を伸ばし、鬼の足をつかんだが、鬼は忌々しそうに僕の手を振り払い、次いで僕の頭を踏みつぶした。
「くそ、なんて面倒くせえやつだ」
頭が潰されたせいで、鬼の姿は見えなかった。でも、音は聞こえた。鬼は僕の眼の前にしゃがんだようで、がしり、と僕の頭をつかんで持ち上げた。
「……こんな森、好奇心に駆られて入るんじゃなかったぜ」
持ち上げた僕を、鬼が眺め、ひっくり返し、崩れたところから指を突っ込んで調べる。痛くもなければ苦しくもない、ただただ、触られて、見られている、という感覚だけがあった。
カコン、カコン、と鼓動が始まった。
「あん?」
鬼が鼓動に気づいた。「何の音だ?」とつぶやき、つかんでいる僕を丹念に調べ始める。
僕の視線が、切り替わった。
壊れた僕の頭をつかみ上げ、訝しげな顔で調べている鬼の背中が見えた。
カコン、カコン、と鼓動が続く。
僕の奥から何かが溢れ出し、壊れた部分を補っていく。しばらく経つと僕はまた瞬きのたびにいくつもの視点を切り替えられるようになり、やがてゆらりと立ち上がった。
「な……!?」
壊れたままの僕を見ていた鬼が、背中を見ている僕に気づいた。
忌々しそうな表情が、嫌悪と、ほんのわずかな恐怖に染まる。
「そういうことかよ」
鬼が壊れた僕を地面に叩きつけ、完膚なきまでに破壊した。
「くそったれが……こうなったら全力だ、神との協約なんぞ、知ったことか!」




