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小人族御伽草子 呪いの珍皇子  作者: おかやす
第3章 楓機構
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42 呪縛

 翌朝、日が十分に高くなってから僕と隼人は監視小屋を出て、町へと向かった。

 帰りたくなかった。

 いっそあのまま死んでしまえばよかった。帰ったって、惨めな毎日が待っているだけだ。それとも、禁域へ入ったことを理由に今度こそ死刑になるのだろうか。

 ああ、いっそその方がいいな、と思った。

 生きていたっていいことはない、かといって自分で死ぬ勇気もない。何でもいいから理由をつけて、この首をはねてくれれば終わる。もうそれでいい、と僕は思った。


 「大丈夫か?」


 うつむきながらトボトボと歩いている僕に、隼人が優しい目で言葉をかけてくれた。


 「疲れたのなら、休むぞ?」

 「……大丈夫」

 「まあ、疲れてるとしたら、俺のせいか」


 隼人の言葉に、僕の全身が火照った。上目遣いで隼人の顔を見ると、満足してすっきりした、という感じの笑顔で僕を見返してきた。その視線に僕はますます頬を火照らせ、うう、と唸りながらうつむいた。


 「どうした?」

 「……ばか」


 拒みきれなかった自分が恨めしかった。僕にとって隼人がどれだけ大事な人なのか、改めて思い知った夜だった。一年かけてやっと隼人のことを忘れられそうな気がしていたのに、この一晩で改めて深く隼人のことを刻みつけられた気がした。


 いっそのこと、このまま死んだら幸せなのかな。


 そんなふうに考えたら、心のどこかに甘美な疼きが生まれた。

 愛する人との最後の一夜を思い出に命を絶つ。悲劇の主人公のようだった。これ以上生きていても仕方ないし、いっそ死んでしまえば、甘い思い出を抱きしめてあの世へ行けそうな気がした。


 あの世、か。


 その言葉を思い浮かべたことに、僕は自嘲した。あの世に行けるのは神になれる者だけだ。僕は神になれない。死んだ後は土となって大地に帰り、それでおしまいだ。ちらりとでも「あの世に行ける」と考えたことが恥ずかしかった。

 僕は歩みを止めた。


 「……どうした」

 「僕、ここで死ぬよ」


 あの世には行けず、ここで土になるのだろうけど、それでもいいと思った。多分、これ以上生きている方が辛いだろう。

 隼人が振り返った。怖くて視線は上げられなかったけど、隼人が僕を睨んでいるのはわかった。


 「最期に隼人に会えた。もうそれで満足だよ……帰ったって僕の居場所はいない、お願いだから……僕をここで殺してよ」


 震える声でそう告げた僕を、隼人は何も言わず睨んでいた。

 僕は服の裾を握りしめ、隼人の返事を待った。怒られるのか、諭されるのか、それとも無言で(くび)られるのか。


 「あ……」


 そのどれでもなかった。

 隼人は、何も言わず僕を抱きしめ、強引に唇を重ねた。僕が抗うと太い腕で抱きしめられて身動きできなくなった。痛くて、苦しくて、悲しくて……そして、とても嬉しかった。


 「お前の居場所は、俺の側だ」


 やっと唇が離れて息をついたとき、隼人が僕の耳元で囁いた。


 「桔梗との間に子供が生まれて、俺が領主になれば、それでケリがつく。ほんの二、三年だ、耐えてくれ」

 「やだよ……もう無理だよ……お願いだから、僕を殺してよ」

 「いやだ」


 隼人がまた唇を重ねた。僕は必死で隼人の腕から逃れようとしたけれど、やっぱり隼人はビクともしなかった。

 あがいて、あがいて、何とか逃れようとしたけれど。

 僕の力じゃ隼人を振りほどくことはできず、やがて重ねた唇から心地よい快感が生まれて僕の心は折れた。

 僕はそのまま、隼人に連れられて町へと連れ戻された。


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