42 呪縛
翌朝、日が十分に高くなってから僕と隼人は監視小屋を出て、町へと向かった。
帰りたくなかった。
いっそあのまま死んでしまえばよかった。帰ったって、惨めな毎日が待っているだけだ。それとも、禁域へ入ったことを理由に今度こそ死刑になるのだろうか。
ああ、いっそその方がいいな、と思った。
生きていたっていいことはない、かといって自分で死ぬ勇気もない。何でもいいから理由をつけて、この首をはねてくれれば終わる。もうそれでいい、と僕は思った。
「大丈夫か?」
うつむきながらトボトボと歩いている僕に、隼人が優しい目で言葉をかけてくれた。
「疲れたのなら、休むぞ?」
「……大丈夫」
「まあ、疲れてるとしたら、俺のせいか」
隼人の言葉に、僕の全身が火照った。上目遣いで隼人の顔を見ると、満足してすっきりした、という感じの笑顔で僕を見返してきた。その視線に僕はますます頬を火照らせ、うう、と唸りながらうつむいた。
「どうした?」
「……ばか」
拒みきれなかった自分が恨めしかった。僕にとって隼人がどれだけ大事な人なのか、改めて思い知った夜だった。一年かけてやっと隼人のことを忘れられそうな気がしていたのに、この一晩で改めて深く隼人のことを刻みつけられた気がした。
いっそのこと、このまま死んだら幸せなのかな。
そんなふうに考えたら、心のどこかに甘美な疼きが生まれた。
愛する人との最後の一夜を思い出に命を絶つ。悲劇の主人公のようだった。これ以上生きていても仕方ないし、いっそ死んでしまえば、甘い思い出を抱きしめてあの世へ行けそうな気がした。
あの世、か。
その言葉を思い浮かべたことに、僕は自嘲した。あの世に行けるのは神になれる者だけだ。僕は神になれない。死んだ後は土となって大地に帰り、それでおしまいだ。ちらりとでも「あの世に行ける」と考えたことが恥ずかしかった。
僕は歩みを止めた。
「……どうした」
「僕、ここで死ぬよ」
あの世には行けず、ここで土になるのだろうけど、それでもいいと思った。多分、これ以上生きている方が辛いだろう。
隼人が振り返った。怖くて視線は上げられなかったけど、隼人が僕を睨んでいるのはわかった。
「最期に隼人に会えた。もうそれで満足だよ……帰ったって僕の居場所はいない、お願いだから……僕をここで殺してよ」
震える声でそう告げた僕を、隼人は何も言わず睨んでいた。
僕は服の裾を握りしめ、隼人の返事を待った。怒られるのか、諭されるのか、それとも無言で縊られるのか。
「あ……」
そのどれでもなかった。
隼人は、何も言わず僕を抱きしめ、強引に唇を重ねた。僕が抗うと太い腕で抱きしめられて身動きできなくなった。痛くて、苦しくて、悲しくて……そして、とても嬉しかった。
「お前の居場所は、俺の側だ」
やっと唇が離れて息をついたとき、隼人が僕の耳元で囁いた。
「桔梗との間に子供が生まれて、俺が領主になれば、それでケリがつく。ほんの二、三年だ、耐えてくれ」
「やだよ……もう無理だよ……お願いだから、僕を殺してよ」
「いやだ」
隼人がまた唇を重ねた。僕は必死で隼人の腕から逃れようとしたけれど、やっぱり隼人はビクともしなかった。
あがいて、あがいて、何とか逃れようとしたけれど。
僕の力じゃ隼人を振りほどくことはできず、やがて重ねた唇から心地よい快感が生まれて僕の心は折れた。
僕はそのまま、隼人に連れられて町へと連れ戻された。




