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35 概念神と古代神

 「概念神、ていうのは、便宜的な呼び方だよ」


 日本で言えば明治時代の昔、仲良くなった(・・・・・・)学者がそんな風に名付けてくれた、と零は教えてくれた。


 「対になる概念が古代神。僕はそっちさ」


 かつてこの地球上に実在し、活動していた人類。それが肉体を捨てて神となった。それが古代神であり、今も伝わる多くの神話で主神クラスの神々がそれに該当する。

 対して概念神は、そういった古代神の存在を目の当たりにした人類が、頭の中で考え出した神様だ。実在はしない。だけど強固な思い込みと広範な信仰を得て存在を獲得し、神として振る舞う者がいるそうだ。


 「古代神は旧人類の成れの果て。概念神は君たちホモ・サピエンスの想像の産物。ざっくりとそういうことさ」


 もっとも、入り混じって区別が付きにくくなってるけどね、と零は笑った。


 少彦名命を食らった零は、大男とともに私と兄を家まで送ってくれた。

 兄は気を失ったまま目を覚まさず、大男が兄の部屋へ連れて行ってしまった。私は零に車椅子を押されて自分の部屋へと連れて行かれ、閉じ込められた。

 零は、その正体を目の当たりにし恐怖で震えている私を、「ついでに」食べると言った。


 「私……死ぬの……?」


 恐る恐る尋ねると、零はククッと笑った。


 「食べ方にも色々あってね。祐一さんは体の素材も欲しかったから、丸ごと食べたけど」


 祐一さん。宮田祐一。兄さんが探している論文の著者。彼はもうこの世にいない。半年前に世間を騒がせた、寝台列車での猟奇殺人事件の被害者が、その宮田祐一だという。

 そう、彼は、零に食われてしまったのだ。


 「君は違う食べ方をしよう。心配いらない。君たち兄妹がお互いを食べるのと似た食べ方さ」


 ぞくり、と背中が震える。逃げなきゃ、と思うけど、零につかまれた腕から何かが流れ込んできて全身が痺れていく。そんな私に、零がククッと笑って優しくキスをした。

 そのキスで、私の体は完全に麻痺し、動かなくなった。


 「裸になる必要はないよ。僕たち古代神は、基本的に肉体に興味がないからね」


 古代神の食事は、命が持つエネルギー。零は重ねた唇を通して、私の体に宿るエネルギーを食らった。

 少彦名命は欠片も残さず、無我夢中で食らった零だけど、私はあまり美味しくないらしい。「おいしそうなところだけ」と言って、時々休憩しながら、私をついばむように食らっていく。

 最後に、零の手が私の胸から(・・・)中に入ってきて、心の中にある何かをつかんだ。心の奥底に張り付いたそれを、零は容赦なくめりめりと引き剥がしていく。


 「あっ……うっ、うっ……」


 痛い。

 苦しい。

 こんなの、死んでしまう。


 だけどそう感じた瞬間、重なっている零の唇からえも言われぬ快感が流れ込んできて、痛みを麻痺させた。


 「これがあるから、君は苦しいんだよ」

 「がっ……はっ……」


 バリッ、と音がして、私の心からそれ(・・)が引き剥がされ、引きずり出された。少し遅れて痛みが走り抜け、私は悲鳴をあげてベッドにうずくまった。


 「はい、よくがんばりました」


 ズクズク痛む胸を押さえながら見上げると、零は手に何やら赤く光るものを持っていた。滴り落ちる赤い光をペロリと舐めて「ふうん、なかなか」と零は笑う。


 「な、なんなの、それ……」

 「これかい? うーん、そうだね、わかりやすく言うと……倫理観、てやつかな?」


 私の問いに、零がククッと笑って答える。


 「普通は持ってるんだけど、君のお兄さんはとっくになくなっちゃってるんだよね。ちなみに君のも、少々腐りかかってる。僕好みだね」


 ではいただきます。

 零はそう言って、私の中から引きずり出したそれを、ムシャムシャと食べてしまった。


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