表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/114

34 一撃

 少彦名命の狂喜の声は、まもなくうめき声になり、苦悶に満ちたものになった。


 「ほい、もういいぞ」


 大男が私の目から手をどけた。恐る恐る目を開けると、少彦名命が、零の上にまたがったままガタガタと震えていた。

 零のお腹には、まだ杖が刺さったままだった。死んだのだろうかと思っていたら、零の両手が動いて杖を握り杖を腹から抜こうとし始めた。

 ハラハラしながらしばらく見ていたが、杖は一向に抜けなかった。


 「……見てないで手伝ってよ、ミト」

 「黙って見てろ、て言われたしぃ」

 「君は子供か! いいからこれ抜いてよ!」


 へいへい、と大男はめんどくさそうに零へ近づくと、力任せに零の腹から杖を抜いた。


 「うぐっ……もうちょっと優しくしてよ! 痛いじゃないか!」

 「わがままなやっちゃなぁ」

 「あーもう、セーター大穴あいちゃったよ」

 「いや、杖刺される前にボロボロだったろ? 主にお前が弱いせいで」

 「いちいち突っ込むな」


 零は大男にむくれた顔を向けたのち、すぐそばでガタガタ震えている少彦名命を見てククッと笑った。


 「だから言ったのに。君ごときに僕を食らうのは無理だよ」

 「あ……あが……うがあ……」

 「しかも欲深にがっついて……別天津神(ことあまつかみ)の五柱ですら、一日一掬いで酩酊してたんだよ?」

 「あー、こいつもうダメだな、聞こえてない」


 少彦名命の目はもう焦点が合っていなかった。大男が目の前で手を振って呼びかけても、何の反応も示さない。


 「さてと。いいことを教えてあげる。僕が君たち神にとって極上の珍味なのと同様に……」


 零が、ゾッとする顔になった。その手が静かに動き、震えている少彦名命の頭をつかむ。


 「君のような新参者の神……概念神は、僕にとってとびきりのご馳走なんだよ」


 その言葉が終わるや否や、大男が「零!」と叫び、杖を投げ捨てて身をかがめた。


 「ぬぅぅぅんっ!」


 どこから出したのか、瞬きした次の瞬間に大男は巨大な木槌を手にしていた。そして全身をばねのように跳ね上げ、巨大な木槌を下から上へ打ち上げるように振り抜いた。


 「きゃっ!」


 ドゴォォォンッ、と何か巨大なものを叩きつける音が響いた。その轟音に撃ち抜かれて私はよろめき、車椅子ごと倒れてしまった。


 「……月読か」

 「ああ、撃ってきやがった」

 「はん、高みの見物するなら、最後まで手を出すなってんだよ」


 忌々しそうに零が空を見上げた。大男も巨大な木槌を肩に担いで空を見上げる。

 空には、西の空に傾き始めた満月が輝いていた。零は月から隠れるように大男の背後に隠れた。大男は何も言わず、黙って月を睨みつけていた。

 長い時間が過ぎ、大男が、ふう、と大きく息を吐いた。


 「どうやら、これ以上やる気はないらしい」


 大男の手から木槌が一瞬で消えた。まるで手品みたいだった。あんな大きなもの、いったいどこにどう片付けたのだろうか。


 「てことは……見捨てられたね、少彦名命」


 零が、惚けた顔をした少彦名命を見て、ククッと笑う。


 「では、僕が美味しくいただくとしよう。ちょうど力を失っているからね、いい滋養になる」


 ああそれと、と零が冷たい口調で続ける。


 「僕のことを若造とか言っていたけど、こちとらもう十万年は生きてる。せいぜい一万年そこらの君に、若造呼ばわりされるいわれはないからね」

 「ほい、ここからまた有料放送」


 大男が倒れていた私の前に座り、目をふさいだ。その直後に、「ではいただきます」という零の楽しそうな声が聞こえ、バキリ、と何かが折れる音と、がっつくような咀嚼音がした。


 ──何が起こっているのかを想像してしまい、私の意識は、そこで切れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ