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26 呪いの相手

 一日悩んで、零の提案に乗ることにした。

 どうにもうさんくさかったけど、やはり藁人形を回収しておきたい。ただ、零一人に任せるのは不安だったので、神社へ続く階段のところまで一緒に行くことにした。


 十一月から十二月へと変わる夜、私はまたあの神社へと向かった。前と違うのは、零が一緒なこと、そして車輪が静かなことだ。


 「奏さん、一つ聞きたいんですが」

 「なに?」


 零に押してもらい、静かに進む車椅子に乗って、私は夜の町を進む。


 「あの藁人形で呪っているの、誰です?」

 「知ってどうするの?」

 「別に。ただの好奇心です」


 私は振り向いて零を見上げた。月の明かりに照らされた零の可愛らしい顔には、冷え冷えとした笑顔が浮かんでいた。


 「……神崎 詩織(かんざきしおり)って人」

 「神崎……詩織?」


 零が眉をひそめ、「どんな人です?」と尋ねた。


 「兄さん、四年前まで東京にいたんだけどね。その時に兄さんと仲が良かった人」

 「仲が良いというのは……男女の仲、てことでいいです?」

 「そうよ」


 もっとも、兄さんは彼女を愛していたわけではなかった。彼女は研究に行き詰まり、大学から追い出される寸前だった。追放を免れるため、彼女は兄さんに秘密裏に助力を要請し、見返りとして体を提供したのだ。


 「要するに、准教授の地位を体で買った、てことよ。あの女、見てくれだけはいいからね」

 「じゃあ、お兄さんが代わりに論文を書いてあげた、てことですか?」

 「そうだと私は思ってる。あの人、まともな論文書けないもの」


 私がまだ一年生だった時、彼女が書いた論文を兄さんが読ませてくれた。どこかで読んだことがあるような内容であり、しかもそこに書かれていた数式には、まだ一年生だった私でも気づく間違いが含まれていた。

 内容についてはともかく、数式は誤記か何かだろうと思い、私はそのことを指摘した。すると彼女は「学生の分際で偉そうに」と逆ギレしたのだ。学問の徒としてあるまじき態度を兄さんに伝えると、兄さんも「ああ、あいつバカなんだよ」と嘲笑を浮かべていた。


 「そんな女が、学会とかで会うたびに兄さんの彼女面してるのよ。兄さん若手の中では一目置かれているから、取り入っておきたいんでしょうね」

 「なかなかふてぶてしい方ですね」

 「兄さんも誘惑に乗っちゃってるからね。強くは出られないみたい」

 「なるほど。弱みに付け込んで食い物にしてる、てことですね」


 零の言葉に、私はギリッと唇を噛んだ。

 兄さんからその話を聞いた時、私は何てバカなことをしたのかと兄さんをなじった。兄さんは「魔が差したんだ」と後悔している様子だったけど、私はどうにも腹の虫が収まらなかった。


 「なにやってんのよ、て怒りに任せてなじっちゃってね……兄さんにも逆ギレされちゃった」

 「おや、大丈夫だったんです?」

 「まあ、しばらくは口もきかなかったけど……ちゃんと仲直りしたよ」

 「どうやって?」

 「え、どうやって……て……」


 あれ……どうやって仲直りしたんだろう?

 一年生の夏休みにそのことを知って、兄さんをなじって、喧嘩になって……

 ああ、そのあとで私は事故にあったんだ……

 それで、うやむやになっちゃって……え、うやむやになったっけ?


 「ちゃんと思い出した方がいいですよ」


 零は大きなため息をつくと、「いつまでも足が動かないのも困りますしね」と言って、ククッと笑った。


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