25 零の改心
──キリキリ、と音がしてまた目が覚めた。
ハッとして目を開けると、セーターにGパンというボーイッシュな格好の零が、倒れた車椅子を見ていた。Gパンなんて持ってたっけ、と思ったが、ひょっとしたら高校生の時に着ていたものがあったのかもしれない。
「零……何度も言うけど、乙女の寝室に気安く入らないで」
「車椅子、また壊したんですか?」
零は私の抗議を無視して肩をすくめ、車椅子の車輪を回した。
キリキリ、キリキリと甲高い音がして、私の耳に突き刺さった。
「やめて。その音嫌い」
「ですよね。せっかく直したのに。いい加減にしてもらえません?」
「なんで私のせいなのよ」
私が文句を言うと、零は呆れた顔でため息をついたが、何も言いはしなかった。
「零……兄さんは?」
「もう九時です。今ごろ大学で講義してるんじゃないですか?」
そっか、とうなずくと、私は起き上がった。
冬の冷気に体が震える。今日も寒そうだ。私は床に投げ捨てられていた下着を拾って身につけると、その間に零が見繕って用意してくれた服に袖を通した。
男の子のくせに、私より着こなしのセンスがいい。少々腹が立つ。
「……なに?」
ふと見ると、零が静かな目で私を見下ろしていた。
「いえ……そういうことかあ、と思って」
「なによ。言いたいことあるならはっきり言ってよ」
「大したことじゃないんで」
「気になるじゃない」
「気にしないでください」
「ほんと、腹立つわね、あんた」
足の痛みをこらえて立ち上がると、私は鏡台へと向かった。零が助けてくれようとしたけれど、なんだかムカついたのでその手を振り払い、自力で歩いて行った。
鏡には疲れた表情の私が映っていた。目の下にクマがくっきりと浮かんでおり、寝不足なのが一目でわかる。昨日は兄さんと遅くまで話し込んでしまい、ろくに寝ていないからだろう。
「奏さん」
髪を解いていると零が声をかけてきた。
「何よ?」
「藁人形、取りに行きましょうか」
「……なんなの、いきなり」
「一カ月近くもお世話になってますからね。それくらいはしておかないと釣り合わないかな、と改心した次第です」
「怪しいわねえ」
「初めて会った日に、そう言いましたよ?」
まあ、確かに。それを連れてきたのは私だ。
「あんた、何企んでるの?」
「何も企んでいませんってば」
右手首が妙に痛くて自由に動かせなかった。見ると、手首にあざのようなものができている。どうしたんだっけ、と思うがよく思い出せない。骨に異常があるとかではなさそうだけど、この痛みじゃ講義でノートを取るのに苦労しそうだ。
「ああもう」
「はい、手をどけてください」
痛みのせいで髪をまとめるのに手間取っていたら、零が近づいてきて手早くまとめてくれた。ショートヘアで男の子のくせに、やたらと上手なのも腹が立つ。
「ありがと」
「どういたしまして」
「……で、本当に何も企んでないの?」
「少しは信じてくださいよぉ」
零がおどけた口調で答えて、ククッと笑った。その笑い方が信用ならないんでしょうが。
「そんなに気になるなら、一緒に行って監視しててもいいですよ」
零はそう言うと、私の体を軽々と抱き上げて車椅子に座らせてくれた。




