19 怪しい男の子
ギクリとして声のほうを見ると、ブランコや滑り台がある広場の奥のベンチに、小柄な人影が見えた。
しまった、と思った。
丑の刻参りは他人に見られてはいけない。見られれば呪いが自分に跳ね返ってきてしまう。非科学的でばかばかしいとは思うが、そのばかばかしいことをしたのは他ならぬ自分だ。
どうしようと恐怖と不安で困惑していると、人影が立ち上がり闇の中から出てきた。月の光に照らし出されたその姿を見て、私はぎょっとした。
「あなたこそ……大丈夫?」
私は思わずそう尋ねてしまった。
私と同い年か、少し下だろうか。肩にかかっているだけの布切れと化したシャツ、焼け焦げてボロボロになったGパン、左足は素足で、右足はスニーカーを履いているがボロボロだ。可愛らしい顔もひどく汚れていた。どうやらケガはしていないようだが、喧嘩でもしたのか、それとも悪い男に襲われたのか。一体何をしていたらこうなるのか、私にはさっぱりわからなかった。
「確かに。僕のほうがボロボロだね」
彼はククッと笑うと、倒れている私のそばにしゃがんだ。上半身がほぼ裸だから男の子だとわかったが、もしちゃんと服を着ていたら、きっと女の子だと思っただろう。
「でも、僕はこれといってケガもしてないし。ちゃんと歩けるよ」
「……そのようね」
ではなぜそんなにボロボロなのかと思ったが、聞こうかどうか迷っているうちに彼が手を伸ばしてきた。
「さ、つかまって」
彼は私の手を取り、支えてくれた。私は何とか立ち上がったものの、足にもう力が入らず彼にもたれかかるような姿勢になった。
うわ、と思った。
露わになっている上半身は確かに男の子の体だけど、線が細くて艶かしくて色気すら感じた。間近で見れば美少女にしか見えず、こんな男の子が本当にいるんだ、とドキドキしてしまった。
「どうしたの?」
一瞬見とれてしまった私は、彼の言葉で我に返ると、「なんでもない」と言って彼の肩に腕を回した。真冬の夜中にこんな格好でいるからだろう、彼の体はとても冷たかった。
彼に支えられて、私は残りの階段を降り、車椅子に座ることができた。
「ありがと」
「どういたしまして」
彼は肩をすくめると、「じゃ僕はこれで」と踵を返した。
「あ、待って!」
立ち去ろうとした彼を、私は思わず引き止めた。立ち止まり「なにか?」と問いたげな彼を見てひるんだけど、なんとか勇気を振り絞り「家まで送ってほしい」とお願いした。
「その……助けてくれたお礼もしたいし」
「いいの? 僕、客観的に見てすごく怪しいけど?」
笑みを浮かべた彼に、私は「そうね」とうなずいた。
「でも、怪しいのは私も同じだと思う」
「……確かに」
彼は面白そうな顔で私を眺め、次いで神社を見上げて、ククッと喉の奥で笑った。
「少彦名命って、呪いを受け付けてくれるのかな?」
うっ、と私は言葉に詰まった。どうやら私が何をしに来たのか見抜かれているらしい。
「スクナ、ヒコ、ナノ、ミコト……それがここの神さま?」
「少名毘古那神とも言うけどね。知らなかった?」
「……ごめん」
「僕に謝ることないけどね」
ま、落ちてきたところが小人の神様ってのが僕らしいか。
彼はそんなことをつぶやくと、膝を折り、私の前にしゃがんだ。
「いいよ、家まで送るよ」
見つめられて私はドギマギした。そんな私に気づいているのかいないのか、彼はすっかり冷えた私の手を取ると、うやうやしく掲げて私の手を額に当てた。
「それに、丑の刻参りは他人に見られちゃいけないしね。共犯者、ということで」
首を傾げた私に彼はにこりと笑った。
私はまた彼に見とれてしまう。男の子でこの可愛さは反則ではないだろうか。




