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18 藁人形

 丸い月が南天する時刻に、キリキリと音を立てながら、一人夜道を移動していた。

 まもなく日付が変わる。そんな時間だというのに、工学部棟の幾つかの部屋にはまだ明かりがついていた。卒業論文も追い込みの時期、そのまま徹夜する人も多いのだろう。私も二年後にはあの光の中にいるのだろうかと思いつつ、工学部棟を過ぎ、そのままキャンパスを出て西へ向かった。

 キリキリ、キリキリと私は進む。

 手袋をしてはいるが、冷えたハンドリムを握る手がかじかむ。時々止まると、手を擦り合わせて体温を回復させる。そんなことを繰り返しながら、私はキリキリと進む。

 寝静まった深夜の住宅街。その中を、私が乗る車椅子の音だけが静かに響く。この音を聞いた人は何を思うだろう、子供なんかは幽霊や妖怪の音と思ってしまうのではないかと想像し、私はくすりと笑った。


 幽霊や妖怪なんて、科学者にあるまじき発想だ。


 そう考えて、私はおかしくなった。科学者、なんて言っているがまだ大学二年生。掃いて捨てるほどいる学士の称号すら得ていない私が、何を偉そうに語るのか。それに、これからするのはまさに科学とは縁遠い行為。そこでやろうとしていることを考えれば、科学者と名乗るのもおこがましい。


 「ふう……」


 車椅子を走らせること二十分。住宅街を通り抜けたところに、その神社はあった。

 私は鳥居の手前まで進むと、そこで車椅子を降りた。杖を手に、足の痛みをこらえながら一段ずつ階段を上っていく。どうして神社というのは山の上とか高いところにあるのだろうか。お参りするこちらの身にもなってほしいものだ。


 「や、やっと……着いた……」


 長い階段をようやく登り終え、私は小さなお社の前に立った。足がガクガク震える。少し動かすと痛みも走る。私は痛みをこらえてお参りした後、境内の奥へ進み一本の木の前に立った。

 ポーチを開け、藁人形を取り出す。それから五寸釘と小さな金槌。


 そう、いわゆる丑の刻参りだ。


 私は藁人形に五寸釘を刺し、それを渾身の力で木に打ち付けた。

 釘を打つ衝撃で足が震える。私は歯を食いしばり、震える足を必死で踏ん張り、何度も何度も釘を打ち付けた。


 死ね。

 死んでしまえ。

 あんな女、死んでしまえ。


 ありったけの怨念を込めて釘を打ち込み終えると、私は立っているのがやっとの状態になった。激しくなった呼吸を整え、足を引きずるようにしてその場を離れた。

 こんなこと、何の意味もないとわかっている。

 それでも、こうでもしないと気が済まなかった。

 ガクガクと崩れ落ちそうになりながら、私はお社の前を通り過ぎ、階段に足をかけた。一歩一歩、必死になって階段を降りる。疲れている分、登る時よりはるかに苦しかった。今感じているこの苦しみも、怨念として藁人形に込められたらいいのに、と思った。


 「あっ……」


 階段を半分降りたところで足がもつれた。その場にどさりと崩れ落ち、杖が転がって離れていった。なんとか立とうとしてもがいたけど、痛みがひどくてもう立てない。

 早く立ち去らないと、と焦った。

 今この状況で誰かに見つかったら、藁人形を打ち付けたのが自分だとバレてしまう。それが噂になって広まったらと思うと血の気が引いた。

 私だけならいい。でも、兄さんに迷惑がかかるのだけは、絶対に避けたかった。


 「大丈夫?」


 何とか立ち上がろうともがいていたら、不意に、美しい声が呼びかけてきた。


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