109 復活
気がついたら飛びのいていた。
そんな感じで鈴丸が跳ね、着地と同時に苦虫を噛み潰したような顔になった。
「おのれ、貴様……」
歯噛みする鈴丸を、零は乾き切った目で眺めている。
ゾッとした。
マジモンの悪寒だ。この零に夜道で出くわしたらすっ飛んで逃げるね。底が知れねえ。動けるものなら俺だって飛びのきたい。だけど残念ながら俺はもう一歩も動けなかった。
コイツハ、マジデヤバイ。
俺の本能が告げる。同じことを感じているのか、鈴丸も他の神も、息を呑んで零を見つめるだけだ。
「おい、生きてるか?」
動けない俺に零が問いかける。「もちろんだ」と答えようとして、声が出ないことに気づく。
死にかけて声が出ないんじゃねえ。
完全に呑まれちまった。くそっ、震えが止まらねえ。
「返事ぐらいしろよ、ミト」
遠巻きに取り囲む神々には目もくれず、零が俺に向かって歩き出す。
鈴丸も神も、ただ見てるしかできない。
そんな中、零は俺の前に立ち、ボロボロの俺を乾いた目で見つめた。
「君、死ぬよ?」
「……ああ」
この零の目、覚えがある。
「無茶しやがって」
どこで見た。この零の目を、俺はいつどこで見た。
「逃げろ、て言っただろう」
思い出したぜ……これは、出会ったばかりの頃の目だ。
「仕方ない」
零はため息を一つついて。
トスッ、と自分の腹に手を突き刺した。
「お、おい……」
「大丈夫だよ」
零は顔色一つ変えずにズブズブと手を体に突っ込み、それからゆっくりと何かを引っ張り出した。
その手にあったのは、どす黒い赤に染まった小さな玉。
色的に肝を思い出しちまったが、もちろん肝なんかじゃない。大きさとしてはビー玉ぐらい、手を握ったらすっぽりと隠れちまうほど小さい。
「やるよ、食え」
「いや、おい……それなんだよ?」
「楓機構」
神がざわめいた。
神々が求めてやまない、珍味の源。鈴丸いわく、不老不死の源泉。これがその「楓機構」だっていうのか? 想像していたよりずっと小さいぞ?
「さっさと食え」
まじまじと見ていたら、零が俺の頭をつかんで、無理矢理口に押しつけてきた。おい、やめろ、待て、心の準備がだな、まだできてないっていうかだな。
「ぐずぐず言うな」
「うがっ!」
戸惑っていたら、腹に空いた穴を思い切り蹴られた。痛え! 何しやがんだ!
「ほらよ」
痛みで声を上げた隙に、口の中に突っ込まれ、そのまま口を塞がれた。もがいてジタバタしたら、「いいざまだな、おい。どうだうまいか?」とすげえ楽しそうに笑いやがった。
ああ、間違いない。
こいつは、六千年前の、あの頃の零だ。
「うっ……うげえっ」
何の味もしない。美味しくも不味くもない。だからこそ、よけいに気持ち悪い。
「さて、定着するか、君を壊すか。どっちだ?」
「その二択かよ!」
「僕専用だからな。他人に譲渡することなんか考えてない。うまくいく確率の方が少ないんじゃないか?」
んな無責任な。
そう言い返そうとしたその時、俺の中で何かが音を立てた。
ガシャン、と大きな音がして。
ギギギギッ、と何かが軋み。
そして最後に、ボボボボボボッ、と何かが連続で爆発するような、そんな音が始まった。
「お、おおっ?」
俺の中で不思議な力が生まれる。神に傷つけられ、ボロボロになった体を猛スピードで治していく。
いや、直していく。
マジか。これが楓機構か。すごすぎないか?
「なんだ、あっさり定着したな」
「残念そうだな、おい」
「君が苦しんでもがく姿、見ものかな、て思ってたんだけどね」
零は本気で残念そうに肩をすくめた後で、手を伸ばし俺の頭を撫でた。
そして、俺を哀れむような目で見た。
「君は、小人と鬼の間に生まれた子。その命に矛盾を抱える存在。だから、馴染んだのかもな」
「……やめろ。そんな目で俺を見るな」
「ああ、そうだな。ずいぶん昔も、同じように怒られたな」
零は俺の頭から手を離すと、いつものようにククッと笑い、神に目を向けた。
「というわけだ、神々。楓機構は、たった今からミトのものだ」
「……なぜお前は生きている?」
鈴丸が呻くように問いかけてきた。零は軽く肩をすくめて笑う。
「僕は、生きていない」
生きていないから、死にもしない。
相反するものが同居し、打ち消し合い、この世にありえない存在。
「そんな僕に、楓機構は不要だとさ」
さて、と零は首を傾げ、ククッと笑う。
「僕は何者かな?」
何言ってるんだこいつ? 禅問答でもする気か?
「言ってみなよ、鈴丸。さて、僕は何者だ?」
「……意味のわからぬことを」
「その通りだ。お前にとって僕は、意味のわからない存在だ」
零が俺を見る。
「ミト、僕の名は何だ?」
「あ?」
唐突だな、おい。
「零、だろ?」
かつては楓と呼ばれていた人形。神を呪い、祈りを捨て、呪いに満ちて、悪霊となった時に名を変えたという。
楓から、零に。
それが、どうかしたのか?
「その通り。僕は零」
ブワッ、と零の周囲に何かが立ち上る。
見えない。
だけど、それがメチャクチャにヤバイもんだってことは、ビンビン感じた。
「でも勘違いするなよ。悪霊の零じゃない、怨霊の零でもない」
じゃ……なんだよ?
「僕は、ゼロだ」




