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小人族御伽草子 呪いの珍皇子  作者: おかやす
第1章 サンライズ
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10 高松・夜

 「すごいね、A寝台だ」


 駅の窓口で聞くと、なんとA寝台がちょうど二つ空いているとのことだった。どうやら直前にキャンセルが出たようだ。神様のくれた幸運か、悪魔の気まぐれか。どちらにせよ私にも零にも好都合なので、少々値段は張ったが迷わず切符を取り、寝台列車に乗って帰ることにした。


 「しかも隣の部屋だし」

 「だからなんだ?」

 「扉を開けっぱなしにすると、一つの部屋みたいに使えるんですよ」


 それは……と考え、私は慌てて頭を振った。それを見逃さず、零がククッと笑う。


 「祐一さん、いやらしいこと考えました?」

 「考えてない!」

 「ならいいですけど。忘れないでくださいね、僕、男ですから」


 こいつ絶対わざとからかってるな、と私はため息をついた。

 車内販売はないとのことだったので、私と零はそのまま買い出しと、早めの晩ご飯を食べに行くことにした。ただ、高松駅周辺にはあまりお店がなく、少し歩かなければならない。


 「よし、せっかくだから骨付鳥食べに行こう」

 「名物なんですか?」

 「そうだ」

 「へえ、いろいろ調べてるんですね」

 「まあな」


 なにせ高松に泊まるのは初めてだ。何事も準備は万全にしておくのが成功の秘訣。いろいろ楽しもうと事前に調査し、夜遊びに適したホテルも調べた。

 ──うん、調べた。なぜだろう? 高松には泊まらなかったのに。


 「どうしました?」


 首を傾げていると、零がそっと腕を絡めてきた。至近距離から上目遣いに見つめられ、私はどぎまぎしてしまった。


 「あ、いや……」

 「今回は、祐一さんに会えてよかった」

 「え?」

 「一人旅もいいけど、気の合う人と旅をするのも楽しいし」


 どぎまぎする私の気持ちを知ってか知らずか、零はニコリと笑い、私の腕をぎゅっとつかんだ。


 「ねえ、ひとつだけ聞いてもいいですか? 嫌なら答えなくていいですから」

 「なんだ?」

 「詩織、て誰です?」


 その名を聞いて、私の中でくすぶっていた憎しみが一気に沸騰した。

 視界が赤くなった。憎しみの押さえが気がず、目に見えるもの全てに対し手当たり次第に八つ当たりしたくなった。なんだ、どうしてだ、と思うがどうにもならない。この苛立ちを、誰かにぶつけたくてたまらない。


 「……何でお前がその名を知っている」


 かろうじて抑えた声で、私は零に尋ねた。詰問、と言っていい口調に、零は少し面食らったようだ。


 「ええと……祐一さん、昨夜うなされてたんです。そのときに、何回も呼んでたから」


 零が今朝早く起きていたのは、私のうなされた声で目が覚めたからだという。声をかけたが私は目を覚まさなかったそうだ。そのうち静かになったから起こすのはやめたものの、心配で寝られなかったからそのまま本を読んでいたらしい。

 くそっ、と私は悪態をつき、腕に絡みつく零を振り払った。その衝撃で零の帽子が弾き飛ばされ、零は尻餅をついた。


 「……すまん」

 「いえ、僕こそ……すいません」


 零は帽子を拾って立ち上がると、埃をはたいて帽子を被り直した。


 「あんまり苦しそうだったから。吐き出して楽になるならと思ったんですけど……ごめんなさい、僕、踏み込み過ぎですよね」

 「いや……」


 道行く人が私と零を見て不審な顔をしていた。痴話喧嘩か何かかと思われているに違いない。


 「もう聞かないですから」


 零はまた私の腕に絡みついた。

 ふと気づくと、私たちの周りには誰もいなかった。目の前には零の顔があって、詫びるような、媚びるような色を湛えて私を見つめていた。

 無意識だろうか、零の指先が私の腕をそっと撫でた。

 その感触にゾクリとした快感が背中を走った。今朝のあの不思議な夢が鮮明に蘇り、ふうっと気が遠くなる。憎しみとは違う激情が私を突き動かし、気がつけば私は零を抱きしめて唇を重ねていた。

 柔らかな唇に甘美な快楽を感じ、頭の芯が痺れた。

 なんでそんな事をしたのかさっぱりわからなかった。零は抗わず、ただ私にされるがままだった。どれぐらい唇を重ねていたのか、私はようやく零を離すと、激しく頭を振って痺れを追い払った。


 「……あんまり馴れ馴れしすぎると、こうなるぞ」

 「はい……気をつけます」


 零はうつむいてたが、なんだか笑っているようだった。

 その様子を見て、まだくすぶっている煮えたぎるような思いを零にぶつけたくなった。どうしてこうも抑えが効かないのか、さっぱりわからなかった。

 私は煮え滾る思いを抑えようと、零から目をそらし深呼吸した。


 「よし、これで終わり。飲みに行くぞ。俺がおごってやる」


 私はできるだけ明るい声で言うと歩き出した。

 零の足音がついてくるのが聞こえ、私は心底ほっとした。


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