107 一柱
光が弾け、何もない空間に僕は放り出された。
何もない。そうとしか表現しようのない、わけのわからない世界。ここはどこなんだろうか。
「ああ……『ワレ』て言っちまったじゃねえか」
目の前で声がした。でも何もない。
「くそ、元に戻るの大変なんだぞ。まあいいけどよ」
それがぼやく。
「よう悪霊。やっぱチンケだな」
いきなりだな。ぶっとばすぞ?
「それを待ってるんだよ」
タイクツなんだよ、とそれが笑う。だから僕を待っているという。
あの日、消えてしまうはずだった僕が消えなかったときから、待っているという。
あの日?
「死ねと命じられて入水した日。お前、あのとき滅びるはずだったろ?」
だけど僕は生き延びた。僕という、ありえない存在が矛盾を抱えたまま存在し続けた。
「お前は、完璧なるワレの中に生まれた穢れだ」
「お前の矛盾が、ワレにも矛盾をもたらした」
「その矛盾がワレを穢し、どうやっても消えぬシミとなった」
「いいね、ゾクゾクするね」
「ワレが勝つか、お前が勝つか、食い合おうじゃないか」
わけわからん。そもそも何なんだよ、お前。
「一柱。お前はそう呼んでるな」
……は?
一柱? あの一柱? 五天や三神の上に立ち、この世界そのものの、あの一柱?
「そうとも、ワレはこの世界」
「そのはずだったんだがな、お前という他者ができたせいで、それが危うい」
ガツン、と僕は殴られた。体がないのに、すげえ痛い。僕が痛みにもがいていると、それが実に楽しそうに笑った。
「くはははっ、まずはワレが先制だ」
こ、このやろお!
「今のお前ではワレに触れることもできぬ」
「強くなる方法を教えてやる」
それが僕の胸を指差す。
「そこにいる、その男を捨てろ」
「お前を滅びより引きずり出し、存在を確定させたのはその男ではない」
「その男が、お前をチンケな悪霊に引きずり下ろした」
僕は絶句する。それが僕の迷いを見て追撃する。
「捨てろ」
……いやだ。
「いいや捨てろ。お前の中にいるべきは、別の男だ」
何もない空間に小さな光が生まれた。そこには神々と戦い、傷つき、今にも倒れそうなミトが映っていた。
「でないと、死ぬぞ、その男が」
光の中でミトが吠える。ズタボロになって、それでも不敵に笑いながら、僕が帰ってくるのを信じて戦い続けるミトがいる。
やめろ、やめてくれ。
あいつを殺さないでくれ。あいつだけなんだ、僕の傍にいてくれたのは。こんな僕にずっとついてきてくれて、こんな僕を好きだと言ってくれたのは、あいつだけなんだ。
僕はどうなってもいい、だから、あいつを殺すのはやめてくれ!
「なら捨てろ。そして、元のお前に戻れ」
てめえ……てめえ、一体何様だ!
「一柱。ワレが世界、ワレが理、ワレが支配者」
ちくしょう……神は……この世界は、とことん僕を嬲る気か!
「そうとも。さあ、神を倒し、ワレに至れ。そしてワレと食い合え」
何がしたいんだ。一体お前は何がしたいんだ!
「タイクツしのぎ」
この……クソやろうがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
「クククッ、チンケな悪霊よ、その程度ではワレは穢れぬぞ」
それが僕をつかむ。押しつぶされそうな圧力の中、僕は必死で抗う。
「さあ捨てよ。思い出せ。お前の名を告げてみよ。さすれば五天など、赤子の手をひねるようなもの」
名? 僕の……名?
「待っておるぞ、お前がワレを……この世界全てを穢す、大怨霊となるのを」
ああ、なってやらあ。待ってやがれ、絶対にお前を穢れに染めてやる!
そして、僕がこの世界を支配してやる!
「来るがよい、完璧なるワレの中に生まれた穢れよ。ワレをその穢れで染めてみるがいい」




