表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/114

103 vs 神 七

 ホモ・サピエンスの脳を手に入れたとほくそ笑んでいた。

 その脳が生み出す巨大な思考力に、神を倒す可能性すら見出していた。


 だけど、それこそが神の思惑だった。

 そうして目くらましをしておいて、本来の目的は別のところにあった。


 「できのいい武器を手に入れると使いたくなる。それが(さが)というものだ」


 鈴丸が笑う。人差し指を僕に向け、つい、と小さく振る。


 「そら、土塊を肉体に変えてやろう」


 ズン、と体が重くなった。呪いで満ちていた僕の中を、別の物が埋めていく。聞きなれた楓機構の音の代わりに、ドクン、ドクンと力強く脈打つ鼓動が響く。


 「あ……ああ……」


 下腹部に鈍い痛みを感じた。つうっ、と内股を伝うものがあり、触れて確かめると血だった。


 「女ならば、愛する男との間に子をもうけるのもよかろう。子が産めるようにもしておいたぞ」

 「や、やめ……ろ……」


 僕の矛盾が消えていく。

 完全に女となり。肉体を与えられ。命を紡げる存在となり。ありえない存在から、ありふれた存在へと変わっていく。


 「お、おい、零。大丈夫か!」

 「ミ……ミト……」


 隣いる大男を見て、胸が高鳴る。僕の中に呪い以外のものが満ちていく。

 なんだこれは……なんだこの感情は。おかしい、これは僕じゃない。だめだ、これはだめだ、僕が僕でなくなっていく。


 「神崎詩織は、しっかりお前と馴染んでいるようだな」

 「おい、どうした! 零! しっかりしろ、零!」

 「ミ、ミト……僕……だめだ……」


 保てない。自分を保てない。矛盾を抱え、相克の力に満ち、呪いを生み出す僕が保てない。エネルギーを生み出せず空洞になったところを、僕が食ったはずの神崎詩織が侵食していく。

 抗えない。僕の中にいる神崎詩織に勝てない。このまま食われ続けたら、僕は……消えてしまう。


 「おっと、忘れるところだった」


 鈴丸が懐に手を入れ、一冊の本を取り出した。

 表紙も背表紙もない白い本。それを僕に投げて寄越し、「それが欲しかったのだろう?」と笑う。


 「宮田祐一が書いた論文だ。感謝したまえ、この私自ら、本にしておいたぞ」


 そうだった。僕はこれを手に入れるため、神崎詩織に会いに来たのだった。

 手に入れて、神を倒す方法を探るために。

 だけど、楓機構が止まった僕に、神を倒す力はない。


 「ぜ……全部、お前の計画通り……か?」

 「おおむねはな。少々凝りすぎたと反省しているところだ」


 鈴丸が投げて寄越した本を手に取ろうとして。

 伸ばした僕の手が、ボロリと崩れた。


 「零!?」


 慌てたミトが僕を抱き締める。

 力強くて、たくましいミトの腕。その温もりに包まれて、僕の心臓(・・)が喜びに跳ねる。


 「おい零、どうした、しっかりしろ!」

 「ミト……ごめん……」


 いやでもわかる。楓機構は完全に止まった。

 僕が神に挑んだのは、楓機構があればこそ。それが失われた今、僕にできることは……何もない。

 ここが僕の最期。

 死にたくないと抗う気力も出ない。抗ってもどうしようもないと悟ってしまった。なんだよ、これが神の力かよ。僕はこんなものに戦いを挑んでいたのかよ。

 こんなの……勝てるわけないだろ。


 「零!」


 ボロボロと僕が崩れていく。ミトが大声で僕を呼び、抱き締めるとまた僕が崩れ、ミトが慌てて僕を離す。


 「ミト……お願い、抱き締めて……」

 「零!」

 「ごめん……ミト、ごめん……」


 こんな所まで連れてきて。強大な神々の前に一人で残して。六千年も僕に付き合わせた挙句、自分だけさっさと滅んで。

 ごめん、ミト。

 だけど……最期がお前の腕の中で、よかった。


 「逃げ……ろ……ミト」


 お願いだから……お願いだから、君は生きて。

 そして、幸せになってくれ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ