103 vs 神 七
ホモ・サピエンスの脳を手に入れたとほくそ笑んでいた。
その脳が生み出す巨大な思考力に、神を倒す可能性すら見出していた。
だけど、それこそが神の思惑だった。
そうして目くらましをしておいて、本来の目的は別のところにあった。
「できのいい武器を手に入れると使いたくなる。それが性というものだ」
鈴丸が笑う。人差し指を僕に向け、つい、と小さく振る。
「そら、土塊を肉体に変えてやろう」
ズン、と体が重くなった。呪いで満ちていた僕の中を、別の物が埋めていく。聞きなれた楓機構の音の代わりに、ドクン、ドクンと力強く脈打つ鼓動が響く。
「あ……ああ……」
下腹部に鈍い痛みを感じた。つうっ、と内股を伝うものがあり、触れて確かめると血だった。
「女ならば、愛する男との間に子をもうけるのもよかろう。子が産めるようにもしておいたぞ」
「や、やめ……ろ……」
僕の矛盾が消えていく。
完全に女となり。肉体を与えられ。命を紡げる存在となり。ありえない存在から、ありふれた存在へと変わっていく。
「お、おい、零。大丈夫か!」
「ミ……ミト……」
隣いる大男を見て、胸が高鳴る。僕の中に呪い以外のものが満ちていく。
なんだこれは……なんだこの感情は。おかしい、これは僕じゃない。だめだ、これはだめだ、僕が僕でなくなっていく。
「神崎詩織は、しっかりお前と馴染んでいるようだな」
「おい、どうした! 零! しっかりしろ、零!」
「ミ、ミト……僕……だめだ……」
保てない。自分を保てない。矛盾を抱え、相克の力に満ち、呪いを生み出す僕が保てない。エネルギーを生み出せず空洞になったところを、僕が食ったはずの神崎詩織が侵食していく。
抗えない。僕の中にいる神崎詩織に勝てない。このまま食われ続けたら、僕は……消えてしまう。
「おっと、忘れるところだった」
鈴丸が懐に手を入れ、一冊の本を取り出した。
表紙も背表紙もない白い本。それを僕に投げて寄越し、「それが欲しかったのだろう?」と笑う。
「宮田祐一が書いた論文だ。感謝したまえ、この私自ら、本にしておいたぞ」
そうだった。僕はこれを手に入れるため、神崎詩織に会いに来たのだった。
手に入れて、神を倒す方法を探るために。
だけど、楓機構が止まった僕に、神を倒す力はない。
「ぜ……全部、お前の計画通り……か?」
「おおむねはな。少々凝りすぎたと反省しているところだ」
鈴丸が投げて寄越した本を手に取ろうとして。
伸ばした僕の手が、ボロリと崩れた。
「零!?」
慌てたミトが僕を抱き締める。
力強くて、たくましいミトの腕。その温もりに包まれて、僕の心臓が喜びに跳ねる。
「おい零、どうした、しっかりしろ!」
「ミト……ごめん……」
いやでもわかる。楓機構は完全に止まった。
僕が神に挑んだのは、楓機構があればこそ。それが失われた今、僕にできることは……何もない。
ここが僕の最期。
死にたくないと抗う気力も出ない。抗ってもどうしようもないと悟ってしまった。なんだよ、これが神の力かよ。僕はこんなものに戦いを挑んでいたのかよ。
こんなの……勝てるわけないだろ。
「零!」
ボロボロと僕が崩れていく。ミトが大声で僕を呼び、抱き締めるとまた僕が崩れ、ミトが慌てて僕を離す。
「ミト……お願い、抱き締めて……」
「零!」
「ごめん……ミト、ごめん……」
こんな所まで連れてきて。強大な神々の前に一人で残して。六千年も僕に付き合わせた挙句、自分だけさっさと滅んで。
ごめん、ミト。
だけど……最期がお前の腕の中で、よかった。
「逃げ……ろ……ミト」
お願いだから……お願いだから、君は生きて。
そして、幸せになってくれ。




