102 vs 神 六
「かっ……あ……」
なんだ、どうした、何が起こった?
楓機構が力を失っていく。僕を満たしていたエネルギーの供給が止まり、四肢から力が抜けていく。
「ちく……しょう……」
僕は楓機構を動かそうとしたが、ピクリとも動かなかった。
一体なぜ? いきなり何が起こった? 二千年ぶりに全力で動かしたから? いや、さっきまでは問題なく動いていたじゃないか。
「零、どうした?」
「わ、わかんない……」
やばい、やばい。楓機構が止まったら、僕は完全にお荷物だ。なんなんだ、なんでいきなり止まった?
「零、伏せろ!」
ミトが緊迫した声を上げ、僕を地面に押し付けた。
左手の遥か先、鈴丸がいたあの闘技場のような場所で何かが光った。
「どぉりゃぁぁぁぁぁっ!」
レーザーのように一直線に飛んできた光を、ミトは打出の小槌で打ち返した。
だけど、相殺しきれない。
「ぬっ、ぐ……ぐぉぉぉぉぉぉっ!」
「ミトっ!」
吹き飛ばされそうになるミトにしがみつき、二人がかりでなんとかしのいだ。ミトが大きく息をつき、しがみついている僕を抱き締めた。
「今の一撃……覚えがあるぜ」
僕はうなずく。僕にも覚えがある。かつて少彦名命と戦った時に、月から撃たれた一撃。あの一撃と同じだ。
「今のが、鈴丸だな?」
「いかにも」
不意に。
本当に不意に、目の前に鈴丸が現れた。今の今まで気配すらなかったというのに。
「大したものだな、一寸法師。七王と九部を手玉に取るとは、予想以上だ」
「お褒めに与かりコーエーだぜ」
ミトが打出の小槌を手に立ち上がる。
「ふうん、お前が鈴丸か。予想通り、イケメンじゃねえか」
「お褒めに預かり光栄だよ」
鈴丸がミトの言葉をまねて笑う。
「で、なぜ零を狙う?」
「至極当然のことではないか」
鈴丸が僕を見て笑うのを見て、僕はゾッとした。思わずミトの背後に隠れると、ミトが「大丈夫だ」と言わんばかりに抱き締めてくれた。
「自己修復機能を備えた、永遠に動き続ける期間。それはすなわち、不老不死ということではないか?」
神とて寿命はある、と鈴丸は言う。
人に比べればはるかに長い寿命だが、終わりはある。それゆえ、神々もまた永遠の命を求めてきた。
「滅ぼされても滅ぼされても生まれ続ける。そのからくりを知りたいと思うのは、当然であろう」
「はーん。俺はまた、こいつが生み出すエネルギーをがぶ飲みしたいからかと思ったぜ」
「否定はせぬよ」
七王と九部が追いついた。残るは九体。半分にまで減ったのに……鈴丸が来たら意味がない。
「だが、素直に我が物になる気はないということもよくわかった。残念ではあるが、ここは神の使命を優先し、滅ぼすしかあるまい」
「おおっと、この俺がいる限り、簡単には零を滅ぼさせないぜ?」
ミトが不敵に笑って打出の小槌を構えた。
そんなミトを見て、鈴丸が笑う。
「私はこの数万年、楓機構の研究をしてきた」
「ああん? それがどうした?」
「完全な再現は未だならずとも……そのおおまかな原理は把握しているのだよ」
ドクン、と僕の中で楓機構が脈打つ。
「楓機構の力の源は矛盾。その相克の力で無限に等しい力を生む」
「あ……が……」
ドクン、ドクン、と脈が大きく強くなる。苦しみ出した僕を見て鈴丸が笑い、ミトが顔色を変える。
「零? どうした、おい零!」
「悪霊。お前が抱えた矛盾が、一つ消えているのではないかな?」
「な……に?」
はっとして、僕は自分の体を見た。
命ある土塊。
死ぬために生きている人形。
男の体をした可憐な美少女。
無垢な魂を宿す汚れの塊。
祈りなき身で神を食らう。
そんな矛盾をかき集め、人の形に仕上げたもの、それが僕。
それなのに。
それなのに、今の僕の体は。
「その可憐な顔立ちに似合う、美しい体ではないか」
男の体をした可憐な美少女。
それは、誰もが認める僕の最大の矛盾だった。だけどその矛盾は解消されてしまった。半年前、僕はホモ・サピエンスの脳を手に入れると同時に女の体となり、以来、女として過ごしてきた。
そう、いつの間にか僕は──女であることに違和感を感じなくなっていた。
「いつ気づかれるかとヒヤヒヤしていたが、少々買い被っていたようだな」
こいつの……策略? 僕は、まんまとこいつの手のひらで転がされた?
「悪霊。お前が食らった神崎詩織は、私が打ち込んだ楔なのだよ」




