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第4話

 プリンシア王ピラールには、海兎が二十年ぶりに訪ねてきた理由も分かっていた。海兎は、二十年前の約束を果たそうとしているのだ。それは、ルパルナイ王朝の秘事に関わる約束だった。


 皆が寝静まった頃を見計らい、ピラールは庭に出た。満月が辺りを優しく照らしている。


 楡の木に寄り掛かるようにして、海兎が待っていた。同じだ。総てが同じだった。二十年前の満月の晩も、こうして海兎と会っていたのだ。誰にも知られず、二人だけで。


「変わらないな」


 ピラールは笑みを浮かべた。


 海兎は二十年前と全く変わらない姿で、やはり二十年前と同じ悲しげな笑みを返してきた。


「あなたも」


「もう若くない。器としても限界だ。そうだろう?」


「はい。あなたほどの大きな器でも、絶え間なく水を注げば、いつか溢れます。天寿よりも遥かに早く終わりが訪れることを分かっていながら、どうして平然としていられるのですか? あなたが、あまりにも変わっていなかったので、私は驚きました。もっと、疲弊していると思っていたのに」


「海兎殿との約束があったからな。少なくとも、死ぬ前には海兎殿に会える。それを、疑いもしなかった。いつも、私の心は穏やかだったよ。自分が何をすべきか分かっていたから。どうだ、この国は?」


「見違えました。二十年で、よくこれだけの……」


 海兎の頬を、光るものが伝った。泣いているのか?


「悔いはない。この国が、私だ」


 ピラールは両手を広げた。天を仰いだ。陰りのない月が、賛辞しているようにも思えた。


「答えは、あのときと変わりませんか?」


「ああ」


「分かりました。あなたが引き受けていた災厄を、総て浄化します。これによってプリンシアにも災厄が降り注ぐことになるでしょう。しかし、それが本来の姿でもあります。揺りかごの時代が終わっただけのことです。これから先、プリンシアの民は自らの足で歩いていかなければなりません」


「未来は、子供たちに託そう」


 ピラールは腰を落とし、目を閉じた。最後の晩餐は、本当に楽しかった。先に逝った妻の肖像画が見守る食卓で、息子と、海兎と、夕餉を楽しんだ。これ以上の贅沢を、知らない。


「始めます」


 呪文の詠唱が始まった。


 海兎の声と、満月の光が、ピラールの感覚の総てとなった。

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