フリ
「誰だよお前」
「あなたが今触ろうとした子の彼氏ですけど」
早乙女先輩は臆することなく、堂々と言い放った。
「お前が彼氏かよ、全然釣り合ってないじゃん。俺の方が釣り合ってるから来てくれるよね」
水ちゃんは高圧的な態度には弱くて、こうやって半分脅されながら言われてしまうと、水ちゃんの意思とは関係なく、頷いてしまう。
私が止めてあげないと。
「い、行かないです」
「ああぁ?俺よりそんな男のがいいっていうのかよ!」
さらに激しい声で水ちゃんを問い詰める。
「・・・そうです。先輩の方が何百倍も素敵です!」
今までの人見知りの水ちゃんならこんなことは言わなかった。早乙女先輩に出会ってなかったら、こんなことは言わなかった。
私が止めずとも水ちゃんは頼れる人がいて、その人のためなら自分の殻を破れるようになったんだ。
「じゃあ、もう言葉はいいからとりあえずこっち来てくれればいいから」
早乙女先輩はその言葉を聞くともう一歩前に出て、牽制する。
「はい、ストップ。これ以上やるなら警察呼びますよ」
騒ぎが大きくなると店長らしき人が出てきて、男達に言い放った。
「ちっ。だりいな。もう行くか」
警察を呼ぶと言った途端、ビビったのか男たちは捨て台詞を吐いた後、お店から出て行った。
「大丈夫か、希」
「怖かったー」
水ちゃんは頑張って勇気を出した反動か男達がいなくなると、体の力が抜けたように早乙女先輩にぐでーっとしていた。
「よく頑張ったな」
早乙女先輩もだれてくる水ちゃんの頭をなでなでしていた。
お店を出た後も、水ちゃんと早乙女先輩は楽しそうに話していた。
「それにしても、希にあんなに勇気があるなんて思ってなかった」
「なんですかそれ!私だってあれくらい余裕です!」
「その割にはおわった後、心臓バックバクしてただろ?」
「それは!先輩も同じですよね!」
「いや、俺は違うけど?」
「ぐぬぬー」
最初の方はこの2人が付き合っているのか疑問に思ってたけど、水ちゃんのために体を張る姿とか、その後のやり取りを見てたら、そんなことどうでもよくなっちゃったな。
***
「じゃあ、ここらで解散しよっか。後は2人きりで楽しんでね」
齋藤さんの言葉で長いようで短かったこのフリもようやくここで終わりを迎える。
遥紀からのメッセージで瑞希がもう部活に行かないといけないみたいで2人はもう帰ったそうだ。辺りを見回してもそれらしい人影は見当たらないので本当に帰ったのだろう。
2人が仲良さそうに他に行くところがあるのか、駅とは違う方角に歩いていく姿を見送った後、水上さんに話しかける。
「じゃあ、俺たちは帰ろっか」
俺はそう言って、駅の方角に歩き出すと、服の後ろを掴まれた。
「どうしたの?」
「もう一か所だけ付き合ってくれませんか?」
これはフリとは関係ないただのお出かけになる。水上さんはフリとは関係ないからと断られると思っているのかとても、恐る恐る聞いてきた。
「もちろん、いいよ」
俺はさっきとは違う理由で駅に向かって足を進めた。
水上さんに連れられて行った先は景色が良くてパンケーキを前面に出しているおしゃれなカフェだった。
「水上さんってパンケーキ好きだったんだ」
「SNSで回ってきて行きたいなーって思ってたんです!でも1人じゃ行きにくくて」
辺りを見回すと、どこもカップルらしき人ばかりで確かにこれじゃ1人では行きづらいだろう。
俺たちは運ばれてきたフルーツたっぷりのパンケーキに舌鼓を打った。
「先輩のパンケーキはイチゴが乗ってて美味しそうです」
「一口食べるか?」
「いいんですか!」
「いいよ、はい」
「え・・・ありがとうございます」
俺は自然な動作でフォークにイチゴとパンケーキを刺して、水上さんの口の前まで持っていく。
水上さんは一瞬ためらう素振りを見せた後、おいしそうにそれを頬張った。
その動作が終わった後、水上さんが躊躇った理由にようやく気付いた。
「あ、ごめん!さっきのくせで自然とやっちゃった」
恋人のフリが抜けていなくて、無意識に水上さんにあーんをしてしまった。
「・・・いいです。なんだかとっても甘く感じましたから」
「そ、そうか。それなら良かった」
イチゴに感謝しなくてはいけないな。
「それで、司先輩」
「ん?」
「呼び方これからもそのままでいきませんか?」
俺はいまいち質問の意味にピンと来てなくて聞き返した。
「そのままっていうと?」
「あの・・・司先輩との、希で・・・呼び合いませんかというお話で・・・」
「水・・・希がいいならそれで」
若干照れくささはあったものの、下の名前で呼ぶだけだ。
水上さんと呼ぶよりは希の方が言いやすいし、向こうがそうして欲しいというのなら従うけどね。
それにしても、向こうは先輩だけの方が呼びやすいと思うんだが・・・
パンケーキも食べ終わり、俺たちは駅に到着し、帰路につくことにした。
「送ってくよ」
「いいんです。今日はもう貰いすぎちゃいましたから」
希の表情はとても満足げで心から見送りはいらないと思っていそうだったので俺はそれ以上は聞くのをやめた。
「じゃあね、希」
「はい、また学校で!司先輩!」
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