ブッキング
8月の中頃、バイト中の出来事、
「早乙女君、今週の日曜日ってシフト入ってるよね?何時まで?」
たまたまシフトが被った世森先輩から話しかけられた。
「18:00までです」
「じゃあ、その後は暇?」
「そうですね。特に用事はないです」
「じゃあ、バイト終わったら花火大会一緒に行かない?」
そう言って、世森先輩はお店に貼ってあるポスターを指さした。
ポスターに書いてある花火大会はこの駅から電車で20分ほど移動したところにあるここら辺で1番大きな花火大会だ。毎年やっているため名前は知っているが行ったことはなかった。
「先輩と2人でですか?」
「そう。2人っきり」
それはいささか俺の心臓に悪い。瑞希も超絶美女だが、世森先輩も負けず劣らずの美女だ。そんな人と2人で花火大会なんて俺にはハードルが高すぎる。
「え、えっとー」
「また断られちゃうんだ」
「え?」
俺がどう切り出そうか迷っていたら世森先輩がわざとらしく悲観的になりだした。
「この前の映画も断られたし、今回も断られるんだ。私って魅力ないのかなー。早乙女君に嫌われてたんだ」
「いやいや、そんなことないです」
「でも、断るんでしょ。いいよ、迷惑だったよね。これからはもうあんまり話しかけないようにするから」
「ちょ、ちょっと待ってください。行きますから」
俺が先輩のあまりの変わりように焦って、OKを出すと、先輩はいつも通りの態度に戻った。
「やったー。じゃあ、日曜日楽しみにしてるね」
まんまとやられた、これが大人の余裕ってやつか。俺がこの人に勝てる日は来るのだろうか。
***
「ふふふっ」
「何笑ってるんだよ」
家に帰り、瑞希と夕食を食べているとき瑞希が突然笑い出した。
「それはね・・・じゃーん。これだよ」
瑞希が手に持っていたのは見覚えのあるデザインのチラシだった。
「花火大会!今日駅でチラシ配ってたの!日曜バイト確か18時までだったよね!一緒に行こ!」
完全にダブルブッキングだ。今日のお昼に世森先輩に誘われたと思ったら今度は瑞希に誘われた。
世森先輩に乗せられたとはいえ、行くと言った以上、こんなに楽しそうにしている瑞希の誘いを断るのは心苦しいがそれしか道はなかった。それに、普通に予定がなくとも、瑞希と一緒に花火大会に行くのは憚られる
「だめ」
「え!なんで?」
「あのね、君さ、自分が学校でとっても人気なの分かってる?そんな人が俺と歩いている姿なんて見られたら新学期俺もやばいし、瑞希も今まで築いてきたイメージが台無しだよ」
「う、そうだった。でも、変装とかすれば何とか」
それでも、瑞希は食い下がってはくれなかった。
俺は今日のバイト中のことを素直に言うしかなかった。
「第一、花火大会一緒に行く人がいるんだ」
「あ、黒瀬くんと行くなら私がいても何とかなるんじゃない?」
「いや、遥紀とじゃない。バイトの先輩」
バイトの先輩がどんな人なのかは瑞希は知らないはずだ。大方、男子の先輩だろうと思うはずだ。
別に世森先輩と行ったって問題は無いのだが、何故か瑞希には知られたくなかった。
「そう・・・なんだ・・・」
もっと駄々をこねると思っていたのだが、瑞希は俺の言葉を聞くと、さっきまでの元気を無くし大人しくなった。
「それじゃ仕方ないね。行ってらっしゃい」
瑞希の空元気のような笑顔に胸がチクリと傷んだ。
***
日曜日、俺と世森先輩は同じ時間で上がれるはずが、俺の方が少しバイトが早く終わった。
「早乙女君、ほんとにごめん。指名のお客さん来ちゃって、15分くらい遅れるから先に駅で待ってくれるかな?」
「これからマッサージならぎりぎり間に合いませんか?」
「まぁーそうなんだけど、延長とかしちゃうかもだから先駅行って待っててくれるかな?」
「分かりました」
シフトの終わり際に指名の入ってしまった世森先輩は少し遅れることになり、俺は少しゆっくりめに着替えた後、駅で待つことになった。
待ってから10分ほどした頃、
「おまたせ」
世森先輩の声がして視線をスマホから前に向けた。
「全然待ってな・・・」
「どう?似合ってる?」
世森先輩は浴衣姿でそこに立っていた。
俺はあまりの美しさに言葉を失った。
「・・・」
「ごめんね。マッサージは時間的には間に合ったんだけど、これ着てたら遅くなちゃって」
「・・・」
「ねぇ、なんか言ってよ。恥ずかしくなるじゃん」
「・・・めっちゃ似合ってます。正直似合いすぎて、言葉が見つからなかったです」
「うん、それならしょうがないな」
世森先輩は満足そうに頷く。
出勤時は普段着で来ていたため、浴衣を持ってきて終わってからわざわざ着替えたのだろう。
わざわざ俺のためにそこまでしてくれると思うと、つい頬が緩んでしまう。
「ほら、私に見とれるのもわかるけど早く行かないと花火始まっちゃうよ」
「み、見とれてないですよ」
俺たちは電車に乗り込み、会場に着くと、人だかりで前に進むのも困難なくらいだった。
「えぇーと、どっから行きます?」
「あ!あのりんご飴食べたい!」
世森先輩はお目当ての出店を見つけると元気よく答え、俺の手を握り引っ張るように歩き始めた。
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