絶望と希望の狭間
夢野から本土に戻り、草蓑についたのはその日の夜。
俺だけではなく茜さんも疲れはてていたので、次の日の朝にすることにして、いつものホテルとは違った場所に泊まった。
翌日。
「ということです」
「……そうか」
皆藤本邸で流氷さんに起こった事実を伝えると、流氷さんは考えこむようにして頷く。
「紫鞍、いや雄基から聞いてはいたが、そういうことだったのか」
「まさかここまで奴が暴走するとは思いませんでした」
今回、俺の責任は地下組織に乗りこんでおけば、ある程度は抑えられたはずだ。
「それは私もだ」
俺が考えていることはお見通しだったらしい。本当ならば、櫻には非はなかったはずだが……
「だからといって、一松全体を巻きこんで皆藤に戦を仕掛けたのは首領としてはあるまじき行為。すでに榎木に跡を継ぐように宣告しておる」
流氷さんの言葉に茜さんともども耳を疑う。
「え、のき、さんにですか?」
「ええ、榎木君もあそこで総花君と戦ったのよ。今の一松宗家、一松家はおとりつぶしが妥当なのでは」
正確に言えば茜さんは一松家の人たちが俺と戦うところを見ていない。
だから、それは状況証拠として弱いのではと思ったが、どうやら違うようだ。
「ああ、それだが……郷獏兄妹の暴走というところから始まったというのと、一松の特殊性が今回の騒動を引き起こしたといってもいい」
なるほどな。
一松の特殊性、長子相続ではなく、もっとも強いものが跡を継ぐ。だから、骨肉の争いが起こるのだ。そういうことなのだろう。
「だから、その落とし前をつけさせるというところですか」
多分、このところの『落とし前』は、長子相続に切り替えたりすることだろう。新しいものをするとき、長老たちを説得させるのには並々ならぬ苦労があるからな。
「そういうことだ。それと一松以外でこの《花勝負》に関わっているもの、すでに死んだ三苺苺を除けば、一松紫鞍と三苺野苺は武芸百家としての籍をはく奪し、伍赤、お前を撃った翼洋娑原と同じように、はぐれものとして扱うことが決まっている……――正確に言えば、師節と紫条は認めておる」
なるほど。
ここに戻ってくる間にそういうとりきめができたのだろう。
お早いことだ。
当事者の一松家を除けば、五位会議に参加しているのは皆藤家、師節家、紫条家、そして伍赤家。四家のうち三家が問題ないといえば問題ないのだろう。
だけれども、俺はそれに頷く。
「わかりました」
俺の返答の意味がわかったのだろう。にっこりと笑う流氷さん。
「ありがとう」
「いえ、あとあとに恨みを残さないためにも最善かと」
禍根を残さないためにも俺が了承したという事実が必要だ。
すべて話した後、流氷さんは俺を呼びとめた。
「会っていくか」
だれにとは言わなかったけれど、俺はゆっくりと首を振る。
「いえ」
「次、会えるのはいつになるかわからないぞ」
「それでもです」
俺の強情さに真剣な表情で尋ねる流氷さん。
「今は俺には会う資格はありませんから」
すまない、櫻。
でも、いま会うと……――したくなるからな。
「そうか」
もういい、下がれ。
流氷さんも疲れているようだった。俺は静かにその部屋を出た。
ホテルの部屋に戻った後、茜さんから電話がかかってきた。
『ごめん、今日の夕ご飯なんだけれど』
「わかっていますよ」
どうやら家族会議があるようだ。快く送りだした。
「兄妹水入らずで話してきてください」
『ありがとう。しあさってまでここにいてくれる?』
「いいですけれど」
どうせあれこれしている間に夏休みになってしまった。寮に戻るのもしんどいのでここにいよう。
ホテルのフロントで延泊を希望すると、笑顔で受けいれてくれた。




