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小さいときの刷り込みでなかなか離れてくれない幼馴染から離れようとしたら、余計に迫られてます!?  作者: 鶯埜 餡
想い知るタガイの思い

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次悪のシナリオ

途中で三人称が入ります。

 変態兄貴こと一松紫鞍が去っていったのを確認し、俺は少し息を吐いた。

 あの男がいるとロクな目にあわない。


「そこにソウいるんでしょ?」


 櫻がこちらに向かってしゃべりかけてきた。アイツが去ってから寮に戻ろうとしたのだが、どうやらその前に気づかれてしまったようだ。


「気づいてたんだ」

「うん」


 目の前に行き笑うと、櫻も今までと変わらず笑いかけてきた。




 寮の前。

 いつものベンチに並んで座って櫻と話す。首領就任前以来か。一週間も経っていないはずなのに、なんだか遠い昔のような気がしてならない。


「ソウがずっと避けているのも気づいていた」

「避けているって、お前の方が避けていたんじゃないのか?」


 おいおい。

 教室いってもいつも通り喋りかけてくれないから、てっきり避けられているもんだと思ってたが、俺が避けているねぇ。心外な言われようだ。


「私は避けてないよ?」

「……そうか」


 ここで櫻とやりあうつもりはないから、あいまいにしておいた。もし仮に俺が本当に避けていたのならば別だが、多分違う気がする。なにかを櫻は隠しているような気がするのだ。


「ねぇ、首領になってどう思う?」

「どうって」

「最初、首領になったときって息苦しいもんだよね」


 不意に目の前の幼馴染が質問した意味がすっと理解できなかったが、どうやらプレッシャーがかかるよねという話だったようで、たしかに見えない重圧がかっている。

 櫻も候補者の一人として戦って勝利したのにもかかわらず、いやだいやだと逃げ回っていたのに、今では首領という地位が身についている。


「……――ああ」

「でも、慣れちゃうとさ、息苦しく感じないんだよね」

「……――――」


 しかし、コイツの喋り方からして、なにか違うところにあるものについてそう言っているような気がする。


「私さ、いつかはソウみたいにだれかに頼れる人になりたい」

「……どういう意味だ。お前はいっつも頼ってばっかだろ」


 いや、実際頼ってばっかだろ。去年の文化祭だって俺が頑張ること前提で事を進めるし、俺と一緒に行くこと前提で夏野への合宿を計画するし、そもそもなんでお前と一緒に副会長なんてやんなきゃいけないんだ。

 幼馴染だからといって――――――


「そういう意味じゃない」

「じゃあいったい……――」


 どうやら俺は見当違いなことを考えていたようだ。


「私ね、多分素直に頼れないんだと思う」

「それってさっきの……」


 なるほど。それで理解した。

 無条件で人を頼る。

 どんな場合でも、たとえ家の一大事であろうが人を頼る。

 こないだの小萩さんのときだってそうだ。

 断ればよかったじゃないか。

 そういうところを理事長は指摘したんだろうな。


「うん」


 夢野はここから離れている。薄よりもずっと。

 だから紫鞍さんは櫻を連れ戻したかった。

 より事態が悪化する前に。


「多分、宗家以外の人は私が首領になっているのが嫌で、些細なことで私を落としたいみたい」

「そうか」

「夢野に帰らないことイコール私が不真面目に首領業務をこなしていると思われているみたいで」

「そうか」


 まあそうなるのか。なるほど。

 一松の場合、基本親子で継承することはない。

 したとしても、それは子が成年男子の場合ぐらいだ。

 だからこそ櫻は侮られ、そして紫鞍さんは上に立つものとして人を要領よく使えということを言いたかったんだろう。


「だから、紫鞍兄さんは私を連れ戻したいみたいなんだけれど、私は……――」

「大丈夫だ」


 俺は言いきる。

 一人くらい言いきれる奴がいなければ、コイツは多分また元通り(・・・)になる。


「きっとうまくいく。お前なら、ここででもうまくいく」


 俺の言葉にありがとと顔をほころばせ、抱きついてくる櫻。

 おいおい。

 ここは一応人目を気にしなきゃいけないぞ。そう思ったけれど、しばらくの間は櫻にされるがままになっていた。





*   *   *   *   *   *   *




 一週間後の昼下がり。


 総花曰く『変態兄貴』こと一松紫鞍は立睿にあるカフェ・ド・グリューである人物と会っていた。女性客が多いこの店で、男二人という状況は浮いてはいるものの、それをとがめる人間はだれもいない。


「で、なんでボクが君に協力しなきゃいけないわけ?」


 適当に切られた髪をいじりながら面倒くさそうに言う少年、三苺苺。


「お前は櫻を首領という鎖を外したい。そして、僕は櫻という()を手にいれたい」


 紫鞍の言葉にふぅんと頷く彼の目は、どこかほの暗い感情を帯びていた。


「まぁそうだねぇ。半年前から音沙汰なかったから、てっきりあの約束は反故にされたかと思ったけれど、どうやら紫鞍兄はまだ櫻ちゃんを『あちら』に戻したいんだ?」

「……まあ、そうなるな」


 一松紫鞍。

 彼は一松家の人間でありながら、一松家の人間ではない。

 それを知っている三苺苺は彼の思惑に昔から(・・・)憧れを抱いていた。

 自分にはできない《理想》に。


「でもさ、それで次の首領にはだれをつかせる気なんだい?」

「一人しかいないだろ。俺が継ぐっていうわけにはいかないんだし」


 一松家の人間ではない紫鞍には首領になる権利はない。

 その一人という言葉にわかったよと頷く苺。

 彼にも櫻を自由にしたい理由がある。


「なるほどねぇ。そうすれば総花君も櫻ちゃんに執着しなくなるかな?」


 その言葉にピクリと紫鞍の眉が上がったが、それをこの場で問いつめない苺。


「わかったよ。いいさ。俺はあんたに協力する。その代わり、どんな手段使ってもいいよな?」


 一松紫鞍よりも三苺苺は年下であり、彼の弟子(・・)でもあるが、苺はそんなことを気にせず(・・・・)紫鞍に向かって凶悪な笑みを浮かべる。


「……――――もちろんだ」


 一瞬、どうしようか迷った紫鞍だったが、それしか手はない。そう感じた。


*   *   *   *   *   *   *




 櫻と紫鞍の会話を聞いてから一か月後。


 指示された『死線の銀弾』と呼ばれる存在について、父親から引き継いだ伍赤家暗部を使って『表』にも探りを入れたのだが、思うような収穫はなく、さらに学業の方では学年二位に転落しそうになるという危機に見舞われてしまった。


 中間考査最終日、すべてのものから解放されていた俺たちはそろって理事長室へ行くと、野苺も一緒に呼びだされていたようで、はじめて三人で理事長室に入った。


「最悪な知らせだ」


 いつも以上に陰鬱な表情の理事長が言ったのは、めったに使わない語句だった。


「はぁ」


 俺にはその『最悪』という言葉の規模がわからず首を傾げたが、目の前の流氷さんはそんな表情するのを予測していたかのように、一通の書状をすっと差しだしてきた。


まず(・・)三苺苺が退学した」


 なるほど。

 地下組織(レジスタンス)を名乗るやつが野放しなったのはまずいな。


「えっ、まさか(にぃに)が……!」


 野苺にとっては意外というか、予想外だったのだろう。

 だが、俺はある意味納得できた。

 だって、もともとの苺の狙いは櫻に自由を与えること。

 それに比べて野苺は俺のそばにいること。

 似ているようで本質はまったく違う。それでも彼女に同情できるかと言えばできない。最初に俺の隣にいることを野苺(かのじょ)は望んだ。それだけで俺にとっては邪魔ものでしかない。


「間違いなく奴の字だ」


 理事長は野苺に非常な宣告をする。彼女はよほどショックだったのだろう。くずれ落ちそうになったので、思わず支えてしまった。さすがに倒れそうになる女の子を放っておけるわけがない。


「それだけじゃありませんよね?」


 俺は理事長に続きを促す。さっき三苺苺が退学したことを告げたとき、『まず』といった。だからこれは序章にしか過ぎない。


「ああ、奴と一松紫鞍が一松櫻、お前の命を狙っている」

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