第三十六話 水面下の戦い
ボランティアの二日目は、地域の清掃活動だった。良い事だと思うよ。でも、この団体は何がしたいんだろうね? 慈善事業が活動目的だったら、地域の清掃も有りだと思うんだけどさ。上空都市は綺麗なんだよね。何せ、地上の人たちが毎日綺麗にしてくれてるから。
でも、考えてみれば地上の人たちって、かなり過酷な環境なんだよね? 掃除をしてくれる人たちは、それに見合ったお給料を貰ってるのかな? それにご飯も。
だって、凄く痩せこけてる様に見えるよ。とても元気そうには見えないし。そういう事に関しては、養父母が詳しそうだよね。それに、昨日は姉に会えなかったから、報告も出来なかったしね。今度、家族会議の時にまとめて色々と聞いてみよう。
「海君。誰かが話しかけて来てもぉ、気軽に応えない様にねぇ」
「何でですか?」
「何でもだよぉ」
「後さぁ。着いて来いって言われてもぉ、簡単に着いて行かない様にねぇ」
「いや、子供ですか!」
「子供だよぉ。僕から見ればねぇ」
香坂さんの言っている事は、相変わらず意味が分からない。僕たち意外のボランティアの人は少し変わってるけど、挨拶くらいはしても良いと思わない? それに、会話をしなければ作業に支障をきたすと思うんだけど。
そう言えば、ボランティアをする際に登録する名前を、本名にするなって姉に言われたな。確か一条隆って名前で登録した様な――。一条って名字は、養子になる前のなんだって。勿論、住所も登録する必要が有ったけど、書いたのは姉が考えた偽の住所だしね。
そうやって偽名や偽の住所を使ってるんだから、注意するのも当然だよ。でもさ、子供じゃないんだから、そんなに迂闊な真似はしないよ。大丈夫だよ。今の僕は組織のエージェントなんだよ。
エージェントって言えば、学校を休んで良いって言われたのも変だよね。先生が言うには、ボランティアは授業の一貫なんだって。ちゃんと単位を貰えるそうだよ。どうせ、養父が何かしたんだろうね。あの養父母だしさ。権力とか使ってあれやこれや。でも、その辺りは考えるのを止めよう。なんか、こう――。あ~ってなる。
それにしても、今日のボランティアの人たちは変だ。無表情で黙々と作業をしているのは、昨日と一緒なんだよ。でもさ、香坂さんが忠告してくれた通りなのかな? やたらと僕にだけ話しかけてくるんだ。
それがさ、「疲れたね」って言われて、「そうですね」なんて答える位なら自然だと思うんだよ。でもね、いきなり「君、筋が良いね」とか言われても、何が何だかさっぱり意味がわからないんだよ。
だってさ、ただ歩道を箒で掃いてるだけだよ。『筋が良いって何が?』ってなるよ。それが当然だと思うのは僕だけじゃないよ。
話しかけられる度に、香坂さんが間に入ってくれる。多分、僕を守ってくれてるんだね。僕から見ても、彼らがおかしい事は分かるしね。
何の意図が有るんだろうね。話しかけて来た人だって、僕が会話に応じない事が分かったら、その途端に無表情に変わるんだよ。少し怖いよ。クラスメイトに同じ事をされたら、トラウマになると思うね。
「わかったかい?」
「う~ん。少しは? 普通じゃない事は充分理解しましたけど……」
「今はそれだけで良いよ」
「でも、この状況は姉に報告しないと。昨日は会えてないんですよ」
「すいらんちゃんも忙しいしね」
「何か知ってるんですか?」
「まさか。僕はただの部下であって、ストーカーじゃないからね」
いやいや。充分その素質は有ると思いますが……。でも、これは言わない様にしよう。だって、ショックを受けると思うからね。一緒に潜入調査をしてるんだから、仲良くしておきたいしさ。
「とにかくぅ、君は声を掛けられても着いて行かない事だよぉ」
だからさ、そんな軽い感じで言われてもなってなるんだけど。香坂さんのこういう所は何とかならないのかな? 流石にイラつきはしないけど、ちょっと鬱陶しい。
でも、僕を気にかけてくれてるんだし、守ろうとしてくれてるんだから、鬱陶しいなんて思っちゃ駄目だよね。仲良くね、仲良くだよ。
「僕の見える所にいてねぇ。三メートル以上は離れちゃダメだよぉ」
だから、それは小っちゃい子に言う事だよね! 僕は高校生だよ! そして、今日は組織のエージェントなんだよ!
そして、作業中に話し掛けられては、香坂さんが間に入る。そして、僕のストレスが溜まっていく。そんな事を繰り返して精神的に疲れた午前中が終わった。
作業リーダーっぽい人が集合の合図をして、トラウマ製造機軍団が集まって行く。その後に僕たちも続く。
何が起きるのかって少しドキドキしてたら、ただの昼休憩だった。今日は昨日と違って、一斉に休憩を取るんだね。そして、作業リーダーっぽい人がお弁当を配ってた。僕はそれを貰って、少しウキウキしてた。
だって、いつもは小野寺さんがお弁当を持たせてくれるし。うちは家族揃っての外食とかしないし。養父母が忙しいってのは理解しているけど、休日だって外で食べる事はないからね。こういうのは新鮮なんだよ。
養父母は「小野寺さんの料理は美味しいね」って言うよ。僕もそう思うよ。それにさ、小さい頃の記憶に有る食べ物の味もそうだけど、昨日食べた配給の余りもそうだよ。味なんて何も感じないんだよ。それに比べれば、天と地の差だよ。
でもさ、僕の場合は比較対象が地上でのそれなんだよ。だから、幾ら小野寺さんの料理が美味しくったって、店の料理と比べてどうなのか迄は分からないんだよ。
「因みに、香坂さんは外食とかするんですか?」
「僕はぁ、独り暮らしだからねぇ。もっぱらテイクアウトだねぇ」
「そうなんですね? 僕は外食の経験が無いので、お弁当とか凄く新鮮です!」
「そうかい? でもねぇ、あんまり大きな期待はしない方が良いよぉ」
「何でです?」
「やっぱり、小野寺さんの料理には勝てないからねぇ」
「小野寺さんの料理を食べた事が有るんですか?」
「有るよぉ、美味しかったねぇ。流石に僕の給料じゃ一流のレストランとかには行けないから、そういう所とは比べようが無いけどねぇ」
「ふふ、そっか」
僕が褒められた訳じゃないのに、ちょっと嬉しくなった。やっぱり、小野寺さんは凄い人なんだ。でも、それはそれだよ。午前中はストレスが溜まったからね、珍しい物を食べて発散したい所だよね。
「いただきま~す!」
手を合わせて、割りばしを割って、それでおかずを一口。うん、想像の味とは違ったかな。お弁当って冷めてるのが当然だと思ってるけど、いつものお弁当は冷めても美味しんだよね。それって、小野寺さんが工夫したって事だね。
香坂さんが言うには、配られたのは『のり弁』という物らしい。ノリノリで食べるからじゃなくて、ご飯に海苔が敷いて有るから海苔弁って言うんだね。
まぁ、悪くは無かったよ。初めての外食ってこんな物なんだろうね。香坂さんが期待するなって言う気持ちも理解したよ。
ただ、それからだった。凄く眠くなっちゃって、それからの事は覚えてない。気が付いたのは部屋のベッドの上だった。
「な――。何が? はぁ? 僕は何して?」
「お前は薬を盛られたんだ。まさか、ここまでして来るとはな」
「ね、姉さん? いつからそこに?」
「いつからも何も、ずっといた」
「そうなんだ。それで、僕はどうなったの?」
「お前が食べた弁当に、睡眠薬が混入していた様だ。それに気が付いたアイツが、直ぐに家に連れ帰ってくれた」
「え? なんで、そんな事を?」
「気が付かなかったか? お前は狙われていたんだ」
「狙われてたって……。なんで、僕が?」
「お前を洗脳して、私や組織の手がかりを得ようと考えたんだろう?」
「そ、そんな!」
「考えられる事だ。それに、これは私に対する宣戦布告だ!」
「それで、姉さん。どうするの?」
「勿論、対策は考えてある」
何か、今の状況を理解出来てない。この展開にも着いて行けてない。でも、一つだけ分かった。あの組織が危ないって事にね。




