第81話:盗まれた捕食者と、十一の座
欠けたピース
アヴァロンが「暴食」のグラをゴミ処理係として受け入れ、平和を享受していた頃。
遠く離れた西方の大陸に、鋼鉄と蒸気に覆われた軍事大国『機甲帝国ゼノン』があった。
その帝都の深部、最高機密研究所。
「……これが、第六の大罪『暴食』の一部か」
培養液で満たされたカプセルの中に、赤黒く脈動する肉片が浮いていた。
それは、先日のアヴァロンでの戦いの混乱に乗じ、帝国のステルス部隊がグラの吐瀉物の中から回収した「胃袋の粘膜」の一部だった。
「はい。解析の結果、この肉片には『概念捕食』の因子が残留しています。これを兵器転用すれば、あらゆる魔法障壁を食い破る最強の兵装が完成します」
白衣の科学者が、震える声で報告する。
報告を受けているのは、玉座に座る冷徹な男。ゼノン皇帝だ。
「よかろう。直ちに『八神将』に移植せよ。アヴァロンの黒い王に対抗するための、新たな牙となろう」
八人の怪物
皇帝の合図と共に、闇の中から八つの影が現れた。
彼らは帝国が誇る最強の生体兵器であり、人間の枠を超えた改造兵士たち――『八神将』。
「ヒヒッ……美味そうな肉だなぁ」
「これを食えば、俺たちはさらに神に近づけるのか?」
彼らは、グラから抽出・培養された『暴食因子』のアンプルを、躊躇なく首筋に打ち込んだ。
バクンッ!!
彼らの筋肉が膨張し、背中から黒い霧のような「捕食のオーラ」が立ち昇る。
「力が……湧いてくる……! 魔力を食らう力が!」
八神将の一人が、実験用のミスリル装甲板を素手で掴んだ。すると、装甲板はバターのように溶かされ、彼の腕へと吸収されてしまった。
「成功だ。これで我々は、アヴァロンの防御を無効化できる」
神託の器
「素晴らしい適合率だ」
皇帝は満足げに頷き、そして壁に描かれた巨大な壁画を見上げた。
そこには、天を中心にして、地上の人間に力が降り注ぐ様子が描かれている。そして、光を受け止める『器』として、11体の人型が刻まれていた。
「古き予言にある通りだ。この世には、神の力を受け止め、新世界の理となる**『神格の器』**が11人必要となる」
皇帝は、八神将たちを指差した。
「お前たち八人は、帝国が科学の力で作り上げた人工の器だ。だが、それでも数は足りぬ」
予言によれば、器は11人。 帝国の『八神将』で8枠。 残る席は3つ。
「七つの大罪を束ねる『傲慢』が一つ……。そして、残る不確定な一つが、東の果てに現れたという」
皇帝の視線は、東の方角――アヴァロンへと向けられた。
「神崎蓮。神を殺し、概念を書き換える規格外の男。奴こそが、予言に記されたイレギュラー……『虚無の器』に違いない」
アヴァロンの違和感
一方、アヴァロン。
蓮は、地下のリサイクルプラントでゴミを食べているグラの様子を見に来ていた。
「……美味しい! 今日のゴミは最高だね!」
グラは無邪気に笑っているが、蓮はふと、グラの身体を見て違和感を覚えた。
「(……魔力の循環が、一部途切れている?)」
蓮は『虚空の右腕』でグラをスキャンした。
グラの胃袋の概念構成の一部に、微細な「欠損」があった。戦闘ダメージではない。何者かが、外科的に切除して持ち去った痕跡だ。
「グラ。お前、吐き出した時に何か落とし物をしなかったか?」
「え? うーん……分かんない。でも、なんかちょっとだけスースーするかも」
蓮の目が鋭くなる。
「パラガス! 直ちに先日の戦闘エリア周辺の魔力痕跡を洗い直せ! ネズミが入り込んでいた可能性がある!」
器としての自覚
その時、蓮の脳内に、直接響くような奇妙な感覚が走った。
それは『色欲』や『怠惰』の時のような精神干渉ではない。もっと根源的な、世界のシステムからの「呼び出し」のような感覚。
『……適合者数、9……残り2……』
無機質な声が聞こえた気がした。
「蓮様? どうなさいました?」
ユリアが心配そうに覗き込む。
「……いや。何かが動き出したようだ」
蓮は自分の右腕を見つめた。
今まで、自分はただ「復讐」と「国作り」のために戦ってきた。だが、世界は蓮をただの反逆者としては見ていない。
何らかの巨大な儀式――『神格の器』を選定するプロセスの中に、蓮はすでに組み込まれている。
「西方から、嫌な風が吹いている。鉄と油、そして……『暴食』の腐った臭いだ」
蓮は確信した。
六つの大罪を倒して終わりではない。
この先に待つのは、世界そのものが用意した「11人の器」を巡る、神の座を賭けた椅子取りゲーム(バトルロイヤル)だ。




