第77話:泥沼の重力と、目覚める獅子たち
子供の癇癪
「いたい……いたいよぉぉぉッ!!」
時計塔から叩き落とされたドルミンは、瓦礫の山の中で手足をバタつかせて泣き叫んだ。
その姿は、お気に入りの玩具を取り上げられた子供そのものだった。
だが、彼が流す涙はただの塩水ではない。触れる物質の質量を無限に増大させる『重力の呪い』だった。
「なんで殴るのさ! なんで起こすのさ! ボクはずっと寝ていたいだけなのに!」
ドルミンが激昂し、充血した目で蓮を睨みつける。
「もういい! キミなんか嫌いだ! アヴァロンなんか大っ嫌いだ! みんなまとめて、地面の底まで沈んじゃえ!」
ドルミンを中心に、世界の色が灰色から、ドス黒い泥色へと変貌した。
『強制沈下』。
ズズズズンッ!!
凄まじい轟音と共に、アヴァロン全土に、先ほどの数千倍もの重圧がかかった。
重力の泥沼
「ぐっ……ぅ……!」
空中にいた蓮が、見えない巨人の手で叩きつけられたように地面に落下した。
地面は硬い石畳のはずだが、ドルミンの能力によって底なしの泥沼のように変質していた。
「ガハッ……!」
蓮が血を吐く。
自分の体重が数トンに感じる。心臓を無理やり動かしている『過剰駆動』の負担に加え、この重圧だ。骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げている。
「沈め、沈めぇ! もう動くな! 息もするな!」
ドルミンは、自分だけ重力の影響を受けないクッションの上に浮き、無邪気かつ残酷に手を振り下ろす。
アヴァロンの建物がメリメリと音を立てて地盤沈下を始める。
眠らされていた市民たちは、重圧によってさらに深く意識を失い、泥の中に飲み込まれていく。このままでは、国全体が生き埋めになる。
動けない王
「くそ……体が……」
蓮は泥の中から這い出そうとするが、指一本動かすのに全身全霊の力が必要だった。
(限界か……? 心臓が、もう保たない……)
視界が霞む。
ドルミンが、ニヤニヤしながら蓮の頭上に浮かんだ。
「バイバイ、野蛮な王様。来世では、石ころにでも生まれ変わって、ずっと動かずにいるといいよ」
ドルミンが、トドメとなる超重力の弾丸を生成する。
蓮は、それでも諦めずに義手を動かそうとした。だが、反応しない。
その時だった。
ヒュッ――!!
一本の槍が、重力の壁を切り裂いて飛来した。
鋼鉄の意志
「痛っ!?」
ドルミンの頬を、槍が掠める。
「誰だぁ!? ボクの安眠を邪魔するのは!」
「……ここにいるぞ、寝坊助」
泥沼の縁に、一人の騎士が立っていた。
ユリアだ。
彼女は全身から脂汗を流し、膝を震わせながらも、剣を杖代わりにして立ち上がっていた。
「ユリア……!」
「おはようございます、蓮様。……少し、寝過ごしてしまいました」
ユリアは、口元の血を拭った。
「貴方が一人で、心臓を潰してまで戦っているのに……のうのうと寝ていられるほど、私の忠義は軽くありません!」
ユリアだけではない。
「グルルルルッ……!!」
四つん這いになりながらも、獣の闘争本能で重力に抗うリサ。
「神聖魔法、解呪……!」
杖を掲げ、必死に重力の呪いを中和しようとするフィーネ。
そして、聖剣の輝きで自身の周囲の重力を切り裂いたセラフィナ。
蓮の『目覚まし』は、最強の仲間たちをも叩き起こしていたのだ。
反撃の狼煙
「生意気だ! みんな沈め! 潰れろ!」
ドルミンが叫び、さらに重力を強める。
だが、一度覚醒した彼女たちは止まらなかった。
「重い……。でも、蓮様が背負っているものに比べれば、こんなもの羽毛同然です!」
セラフィナが叫び、聖剣を振り下ろす。
『断罪の閃光』。
光の刃が、蓮を拘束していた重力の檻を斬り裂いた。
「今です! 蓮様!」
フィーネが、遠距離から蓮に『超回復』の魔法を飛ばす。
「……ああ、目が覚めたよ」
蓮の身体を包んでいた重圧が消え、心臓の痛みが和らぐ。
蓮は、泥沼から引き抜いた漆黒の義手を、バキボキと鳴らした。
「よくやった、みんな」
蓮の瞳に、再び王の覇気が宿る。
「さて、ドルミン。状況が変わったぞ」
蓮が宙に浮くドルミンを見上げる。
「さっきまでは1対1だったが……ここからは、全員でお前の『二度寝』を手伝ってやる」
チーム・アヴァロン
「嫌だ! 寄るな! 集団リンチなんて面倒くさい!」
ドルミンがパニックになり、無差別に重力弾をばら撒く。
「リサ、攪乱しろ!」
「任せて!」
リサが重力下とは思えない速度で壁を走り、ドルミンの視線を逸らす。
「ユリア、セラフィナ! 左右から翼を落とせ!」
「御意!」
二人の剣士が同時に跳躍。ドルミンの浮遊クッションを支える魔力場を斬り裂いた。
「うわぁぁぁ!?」
バランスを崩して落下してくるドルミン。
その落下地点に、蓮が待ち構えていた。
「お前は言ったな。『動かずにいろ』と」
蓮の右腕に、かつてないほどの魔力が収束する。
「その言葉、そっくりそのまま返してやる。……永遠にな」




