第67話:強欲の対価と、暴落する神話
黄金の支配領域
「全ては私のものだ! この大気も、大地も、貴様の命も!」
バルバロスが一体化した黄金の魔神が咆哮を上げる。
その能力『強欲』の本質は、所有権の強制執行だった。
彼が黄金の拳を地面に叩きつけると、アスファルトや瓦礫が瞬時に黄金へと変質し、彼の意のままに動く「資産」となった。黄金の棘が地面から無数に隆起し、蓮を串刺しにしようと襲いかかる。
蓮は、漆黒の義手で迫り来る黄金の波を薙ぎ払った。
「邪魔だ」
義手が触れた瞬間、黄金は黒い粒子となって消滅する。
「ほう、やはりその右腕……素晴らしい! 素晴らしいぞ!」
バルバロスは攻撃を防がれたにも関わらず、狂喜した。
「鑑定不能なほどのレア度! その腕一つで、国家予算の百年分に相当する! 私が買う! 今すぐ買うぞ!」
魔神の胸部が開き、巨大な黄金の天秤が出現した。
「能力発動『強制買収』!」
天秤が傾く。
その瞬間、蓮の身体が鉛のように重くなった。
奪われるステータス
「ぐっ……?」
蓮が膝をつく。右腕の重さではない。身体の芯から力が抜けていく感覚だ。
「ハハハ! 気づいたか? 私は今、貴様の『敏捷性』と『筋力』を買い取ったのだ!」
バルバロスが笑うと、黄金の魔神の動きが加速した。蓮から奪った身体能力が、彼に上乗せされたのだ。
「対価は払ったぞ? 私の資産である金貨一億枚を消滅させた。等価交換だ!」
バルバロスは、自身の膨大な財産を消費することで、相手の能力や生命力を一方的に「購入」し、奪うことができる。それが『強欲』の真の恐ろしさだった。
「次は視力だ! その次は心臓だ! 私の金が尽きるのが先か、貴様が空っぽになるのが先か、競り合おうではないか!」
バルバロスが加速し、目にも止まらぬ速さで蓮に肉薄する。
黄金の拳が、弱体化した蓮の顔面を捉えた。
価値の定義
ドゴォッ!!
鈍い音が響く。
だが、吹き飛んだのは蓮ではなかった。
黄金の魔神の拳が、蓮の左手一本で受け止められていたのだ。
「な……に?」
バルバロスが狼狽える。ステータスは奪ったはずだ。蓮は動けないはずだった。
蓮は、顔を上げた。その瞳は、奪われる者の絶望ではなく、哀れみを含んだ冷徹さでバルバロスを見ていた。
「買い物ごっこは楽しかったか?」
蓮の右腕が、魔神の腕を掴み返す。
「お前は勘違いしている。僕の力は、数値やステータスなんていう、安っぽいものじゃない」
蓮の能力『ゴミを良くする』。
それは、対象の価値を蓮自身が定義し、書き換える力。
「お前が奪ったのは、僕という器の表面的な数値だけだ。この『虚空の右腕』の概念は、お前の金じゃ買えない」
蓮が義手に力を込めた。
「良く、なれ」
対象は、バルバロスが誇る『黄金』そのもの。
蓮は、その黄金を『ただの鉛』として再定義し、その性質を『脆く、錆びやすく、無価値なもの』へと「良く(悪化)」させた。
大暴落
「あ、あぁ……? 私の黄金が……!」
バルバロスが絶叫する。
輝きを放っていた魔神のボディが、急速に黒ずみ、錆びついていく。
「やめろ! やめてくれ! 資産価値が下がる! 私の力がァァァッ!」
バルバロスの『強欲』は、所有物の価値に依存する。所有物がゴミになれば、彼の力もまたゴミへと転落する。
蓮が定義を書き換えたことで、バルバロスが費やした数千億ゴールドの資産は、一瞬にして市場価値ゼロのスクラップへと変わった。
「奪ったステータスも、維持できまい」
蓮が言う通り、魔神の動きが止まり、蓮の身体に力が戻ってきた。
「お前の負けだ、バルバロス。お前は金で全てを買えると思った。だが、お前の金そのものがゴミになれば、お前は何者でもない」
破産宣告
「う、嘘だ……。私は世界の富の支配者……」
錆びついた魔神の中で、バルバロスが震える。
蓮は、漆黒の義手を大きく振りかぶった。
「商談終了だ。退場しろ」
ズドォォォォォン!!
蓮の右拳が、魔神の胸部にある天秤ごと、バルバロスの本体を貫いた。
物理的な衝撃と、概念的な「破産宣告」。
「ぎゃあああああ! 私の金がぁぁぁぁ!」
バルバロスの断末魔は、命乞いではなく、失われる金への執着だった。
魔神が崩壊し、中から干からびたバルバロスが転がり落ちる。彼の胸に輝いていた『強欲の光』は砕け散り、ただの石ころとなって消滅した。
最初の「大罪」適合者、バルバロス。
彼は、蓮という規格外の存在によって、全財産と命、そして誇りとしていた価値観の全てを奪われ、文字通り「無一文」となって敗北した。
蓮は、残骸となった黄金を見下ろし、冷たく吐き捨てた。
「金で買えるものなんて、所詮はその程度の価値だ」
アヴァロンを襲った経済的・軍事的危機は、蓮の圧倒的な力によって粉砕された。
だが、これは七つの災厄の始まりに過ぎない。




