第65話:市場の崩壊と、強欲の逆鱗
アヴァロン・ブランドの衝撃
アヴァロン周辺の商業都市、メルカ。そこは今まで、バルバロス商会の独占市場だった。
だが今、広場は前代未聞の騒ぎになっていた。
「並べ並べ! 今日入荷した『アヴァロン製ポーション』だ! どんな怪我も一瞬で治って、値段はパン一個分だぞ!」
パラガスの部下たちが変装し、露店を開いている。
そこに並ぶ商品は、見た目こそ黒ずんだ瓶や、継ぎ接ぎだらけの剣だが、その性能は異常だった。
「おい、この剣すげえぞ! 錆びてるのに、鉄の鎧が豆腐みたいに切れる!」
「死にかけてた母ちゃんが、この泥水みたいな薬を飲んだら走り回れるようになった!」
人々は、バルバロスの店で売られている高額で粗悪な商品を無視し、アヴァロンの露店に殺到した。
「バルバロスの店なんて行ってられるか! こっちの方が安くて高品質だ!」
「今まで俺たちから搾取しやがって! ざまあみろ!」
蓮の能力で強化された廃棄物たちは、『神級の性能』と『ゴミ同然の価格』という、経済学を無視した暴力的な競争力で市場を席巻していた。
それは、バルバロスが築き上げた独占市場の価値を、根底から破壊する行為だった。
暴落する黄金
バルバロスの移動要塞とも言える巨大な黄金の馬車の中。
そこでは、悲鳴のような報告が飛び交っていた。
「バルバロス様! 暴落です! 当商会のポーションが、在庫の山になっています!」
「武器部門も全滅です! アヴァロン製の剣が出回ったせいで、我々のミスリル剣が『ナマクラ』扱いされています!」
報告を聞くたびに、バルバロスの顔が赤黒く変色していく。
彼は、手元にあった高級なワイングラスを握りつぶした。
「おのれ……おのれぇぇぇッ!!」
彼の能力『強欲』は、自身が所有する資産の価値に比例して強くなる。だが今、市場価格の崩壊により、彼の資産価値は実質的に十分の一以下にまで目減りしていた。
それは、彼の魂そのものを削り取られるような苦痛だった。
「あの小僧……! 商売のルールを無視しおって! あんなダンピングが許されてたまるか!」
バルバロスは激昂し、テーブルをひっくり返した。金貨や宝石が床に散らばるが、今の彼にはそれらがただの石ころに見えていた。
コレクションの解放
「ガイル! 私の『私兵団』を出せ!」
バルバロスが叫ぶ。
「し、しかし旦那様。正規の傭兵団は、先日の敗北で恐れをなして契約を破棄して逃げました……」
「金で雇うクズどもなどどうでもいい! 私が言っているのは『コレクション』のことだ!」
バルバロスは、馬車の奥にある厳重に封印された扉を指差した。
「私が世界中から買い集め、改造し、自我を奪って『所有物』とした、至高の生体兵器たちだ。彼らには恐怖もなければ、契約破棄もない」
ガイルが息を呑む。
「あれを……使うのですか? 一度解き放てば、国一つが消えますよ」
「構わん! アヴァロンを地図から消せ! あの小僧の首を、私の足置きにするまで気は済まん!」
バルバロスが鍵を解除した。
扉の奥から、獣の唸り声とも、機械の駆動音ともつかない不気味な音が響き渡る。
それは、人の形をしたモノ、魔獣を継ぎ合わせたキメラ、そして古代の禁忌技術で蘇生された英雄の死体など、バルバロスの歪んだ欲望が詰め込まれた『地獄の軍団』だった。
迎撃準備
一方、アヴァロンの司令室。
蓮は、パラガスからの報告を聞き、静かに頷いた。
「市場は完全に混乱しています。バルバロスの資金源は断たれました」
「ああ。手負いの獣は、必ず噛み付いてくる」
蓮は、モニターに映る地上への監視映像を見た。バルバロスの馬車から、異形の軍団が吐き出されているのが見える。
「来たな。金が尽きれば、次は暴力だ」
蓮は立ち上がり、漆黒の義手を鳴らした。
「カイル、生産した武器の配布状況は?」
「完了してるよ! スラムのみんな、蓮様が作った『ゴミから作った最強装備』で武装してる!」
「よし」
蓮は、通信機越しに全軍に告げた。
「総員、戦闘配置。敵は、金で買われた哀れな奴隷たちだ。だが、容赦はするな」
蓮の瞳に、冷徹な光が宿る。
「アヴァロンの価値を守るために、奴らの『在庫』を全て処分する」
経済戦争から、殲滅戦へ。




