第26話：概念的な絶望と、治癒不能の烙印

1. 概念的な傷と激痛

勝利の光に包まれていたはずの神の塔最上階は、一瞬にして鮮血と絶望の空間へと塗り替えられた。

蓮は、右腕の激しい痛みに耐えながら、塔の床に膝をついた。切断された右腕の断面からは、血が噴き出す代わりに、黒く不吉な靄が立ち上っている。

「神崎様！神崎様！」フィーネが悲鳴を上げ、駆け寄る。彼女の**【治癒の聖域】**が、蓮の傷に触れようとするが、その魔力は弾かれた。

「効かない……！私の治癒の概念が、傷に届かない！」フィーネは絶望に顔を歪ませた。

リサ、ユリア、セラフィナも、蓮の周りに集まり、衝撃に言葉を失っている。

蓮は、全身の細胞が焼け焦げるかのような、概念的な激痛に襲われていた。痛みは肉体の損傷によるものではなく、**『右腕が存在していたという概念』そのものが、闇の魔術師の鎌によって『存在しない』**と書き換えられたことによる、魂の叫びだった。

「ぐ……あぁぁぁ……っ！」

蓮は、地面に木の枝を突き刺し、奥歯を噛み締めてもがき苦しんだ。冷徹な理性で、常に感情を制御してきた蓮が、これほどの苦痛を表に出すのは初めてだった。彼の意識は、概念の崩壊という未知の痛みに引きずり込まれそうになる。

2. 治癒不能の烙印

蓮は、かろうじて意識を保ち、左手で自らの右腕の断面に触れ、**【全能化】と『強化された鑑定』**を発動した。

鑑定の結果は、蓮自身に致命的な絶望を与えるものだった。

『右腕：存在の概念剥奪。修復の概念、強制遮断。原因：概念を操る魔術師による、概念的断罪の呪術。』

「ダメだ……」蓮は、掠れた声で呟いた。「この傷は、いかなる治癒の概念も受け付けない。僕自身の**【全能化】をもってしても、『修復の概念』**をこの傷に上書きできない……！」

闇の魔術師は、蓮のチート能力を警戒し、彼の**『修復』という『概念』**そのものを封じる、極めて悪辣な呪術を施していたのだ。

フィーネの**【治癒の聖域】も、リサの『強化された再生力』も、ユリアの『騎士の信念』も、セラフィナの『断罪の概念』**ですら、この呪術的な傷の前には、無力な虚像でしかなかった。

3. 仲間たちの絶望と誓い

仲間たちは、蓮の絶望的な診断を聞き、顔を青ざめさせた。

「そんな……！神崎殿の右腕が……！治せないなんて……！」ユリアは震えながら、膝から崩れ落ちそうになる。

リサは、怒りに満ちた獣人の叫びを上げた。「あの闇の魔術師め……！どこへ逃げた！私が、必ず引き裂いてやる！」

フィーネは、涙で顔を濡らしながらも、蓮の左手を強く握りしめた。「神崎様！諦めないでください！私の**『治癒の概念』が届かなくても、私には『忠誠』がある！私が、あなたの『光』**になります！」

セラフィナは、冷徹な瞳で周囲を見据えた。

「神崎蓮。この傷は、あなたの**『概念の支配者』としての力を奪うための、真の黒幕からの挑戦状です。我々は、この絶望を断罪**しなければならない」

4. 復讐の誓いと新たな覚悟

激痛に耐えながら、蓮は左手で木の枝を拾い上げた。右腕を失ったことで、彼の**『概念の強化』**の精度と速度は、大幅に低下することが予測された。

しかし、この絶望的な状況が、蓮の心に新たな**『覚悟の概念』**を呼び起こした。

（僕の能力は【全能化】。右腕を失っても、『僕の知性』、『僕の絆』、『僕の意志』、そして**『僕の左手』を、無限に強化できる。この傷が、僕の『修復の概念』を奪ったとしても、『復讐の概念』**を強化することは可能だ！）

蓮は、目の前に転がっている佐野瑛太の残骸――闇の概念が抜けた元・光の勇者の肉体を、冷たい目で見下ろした。彼は、憎悪の傀儡となった者への怒りではなく、その背後に潜む真の黒幕への、冷徹な殺意を燃やした。

「立て直すぞ、皆。僕の右腕は失われたが、僕たちの**『絆の概念』は、決して砕かれていない。この傷が治らないのなら、この『治らない概念』こそを、僕の新たな武器**として利用する」

蓮は、左手で木の枝を握りしめ、右腕から立ち上る黒い靄を無視し、真の黒幕への復讐の旅を、決意と共に再開した。