12.商人と盗賊2 ルーファス視点
ルーファス視点です。
「行こう。傷だらけだったから驚くかもしれないが」
二人とも傷だらけで血塗れだったから、先に教えておく。
いつものようにユキを抱き上げて馬車を降りると、一纏めになった盗賊共が惚けたようにユキを見ていたので、きつく睨み据えて牽制した。
あんな薄汚い男共に、ユキを見せるのはもったいない。
商人の馬車に乗り込むと、荷物がたくさん積まれた馬車のすみで、二人の男が倒れこんでいた。
従者らしき男が、身を挺して主人を守ろうとするかのような体勢で意識を失っている。
きっとこの従者にとって、大事な主人なのだろう。
以前はこんな姿を見ても何とも思わなかった。
けれど、俺にもユキという守りたい存在ができたことで、自分の身を犠牲にしても主人を守りたいという従者の気持ちが、とてもよく理解できるようになった。
「酷い怪我……。ポーションを使っていいよね?」
持ち込んだ白兎から上級ポーションを二本取り出して、ユキが伺うように俺を見る。
この程度の傷なら上級ポーションは必要ないのだが、ユキが持っている最低ランクのポーションが上級らしい。
アイテムボックスの枠を塞ぐので、初級や中級は処分したと、持ち物を確かめている時に話していた。
中級ポーションでもかなりの貴重品なのだが、ユキにとっては物足りないポーションらしい。
「意識がないようだから、飲ませても零す可能性がある。まずは半分くらいの量を傷にかけて癒した方がいい」
ユキからポーションを一本受け取って、意識のない従者を抱き起こし、傷にポーションをかけて見せた。
黒髪で整った顔をした従者はまだ若く、20歳になるかどうかくらいの年齢に見える。
主人らしき商人よりも傷が酷いのは、主人を脅す人質として扱われたからなのか、それとも、身を挺して主人を庇ったからなのか。
俺を真似るように、ユキがポーションをかけて商人の傷を癒す。
さすがは上級ポーションだけあって、見る見るうちに傷が治っていった。
粗方傷が治った後は、残っていたポーションをゆっくり口の中に注いだ。
零れてしまっても、傷はほぼ治っているから問題はないだろう。
「……っ…エリアス様っ!」
意識を取り戻した従者が、切羽詰った声で主人を呼ぶ。
体を起こして主人の姿を探し、傷が治っているのに気づいた瞬間、感極まったように涙を流した。
「ありがとうございますっ。危ないところを助けていただきました。あなたが来てくださらなければ、主人も私も死んでいました」
心からの感謝を伝えるように跪き、涙を溢れさせながら礼の言葉を口にする従者を見て、ユキももらい泣きをしている。
主人を思う強い気持ちに、胸を打たれたのだろう。
「たまたま通りがかっただけだ。魔物と盗賊を退治するのは、冒険者の務めだからな。……それより、お前の主人が目を覚ましたようだ」
主人の方も小さく呻いて、意識を取り戻す。
一瞬、自分の置かれた状況がわからなかったようだったが、頭を振って、すぐに覚醒した。
「エリアス様っ! 大丈夫ですか? どこも辛いところはありませんか?」
意識を取り戻した主人に縋りつくように、従者が問いを重ねる。
主人は取り乱した従者を宥めるように軽く頭を撫でてから、姿勢を正した。
「お助けいただき、ありがとうございました。私は、王都で商会を営んでおりますオルコット商会の4男で、エリアスと申します。これは、私の従者のリゼルです。命を助けてくださっただけでなく、貴重なポーションまでお使いくださってありがとうございます」
丁寧な物腰で挨拶をする様子は、さすが王都でも1、2を争う大商会の息子だと感心させられるものだった。
傷の治り具合で、上級ポーションが使われたこともすぐにわかったようだ。
オルコット商会といえば、王族や上位貴族とも取引のある、有名な店だ。
4男とはいえ、その大商会の息子が、何故旅をしているのかは不思議だけれど、人にはそれぞれ事情があるものだから、詮索することもないだろう。
ただ、護衛がいなかった事情は聞いておかなければならない。
オルコットほどの大商会が、護衛代を出し惜しむことはないと断言できる。
護衛をつけずに荷を運ぶことがどれだけ危険なのか、知らないはずがないからだ。
「俺は冒険者のルーファス。こっちは、俺の連れでユキという」
名乗り返し、ユキも紹介すると、俺の言葉に合わせてユキは軽く頭を下げた。
「ルーファスさん。盗賊の事とか、話をするにしても外にしない? ここは暗いし狭いし、話をするには不向きだと思うの」
ユキの提案はもっともで、治療が終わった今となっては、この馬車の中にいる意味はない。
ユキを抱き上げて馬車を出ると、エリアスとリゼルも後をついてきた。
「外でテーブルも出せるから、お茶にしよう? まだ夕方までは時間があるから大丈夫だよね?」
いつものように俺の首に腕を回して掴まりながら、ユキが伺いを立てる。
話し合いをした後、夕方までに辿り着ける野営地か町があるかどうかが知りたいのだろう。
「近くに大きな街があるから、急ぐ事もない。ユキ、テーブルはどこだ?」
ユキに指示をしてもらって、馬車の側面、窓があるほうに向かう。
外から見ると飾りにしか見えない窓枠の上に取っ手のようなものがあり、ユキがそれを引くと、日差しを遮る屋根ができた。
下ろすように言われたので、下におろすと、窓枠の下にも取っ手があって、それを引くとテーブルの天板部分が出てくる。
天板の下には足がたたまれていて、その仕組みは馬車の中と同じだったので、俺の手でテーブルを設置した。
椅子の場所も聞いて、準備を引き受けると、ユキは馬車の中に戻っていく。
「見たこともない、からくりのような馬車ですね。あのお嬢様の馬車なのでしょうか?」
今日のユキは、初めて逢った時と同じ黒いドレスを着ているから、エリアスには貴族に見えているようだ。
でも、それにしては御付きの侍女がいないし、貴族の娘のように取り澄ましていないので、不思議で仕方がないのだろう。
「そうだ、これはユキの馬車だ。ポーションで傷は治っても、失った血は戻らないから、立っているのは辛いだろう? 二人とも椅子に座るといい。生け捕りにした盗賊をどうやって運ぶか、相談も必要だ」
椅子を出すと、エリアスはすぐに座ったけれど、リゼルは従者だからか、真っ青な顔色のまま後ろに立って控えようとした。
主人よりも余程酷い怪我をしていたのに、頑固な男だ。
「立っていられると鬱陶しいから、座れ。それに、その顔色で立っていたら、ユキが心配する」
俺が強く言うと、ユキのような子供に心配を掛けたくなかったのか、リゼルも漸く椅子に座った。
「お待たせしました。たいした物はありませんけど、召し上がってください」
大きなトレイを手に歩いてきたユキが、まずはトレイを俺に渡して、テーブルの上を綺麗に拭く。
その後、テーブルに焼き菓子の皿や、ティーセットを並べ始めた。
ポーションの瓶のように消えてしまうと困るからか、紅茶は消えないポットに入れ替えてきたようだ。
「これで、手や顔を拭いてください。傷は治ってますけど、血が残ってます。お茶を飲むなら、少しさっぱりしてからの方がいいでしょう?」
温かいおしぼりを二人に出した後、ユキは俺にも同じものを渡す。
細やかな気遣いがユキらしく、自然に笑みが浮かんだ。
「ありがとう、ユキ」
気温は高いけれど、温かいおしぼりが心地よかった。
手と顔を拭いて、汚れを落としてから、ユキが注いでくれた紅茶を飲む。
おしぼりを渡された二人は、一瞬きょとんと似たような表情で驚いた後、素直に手や顔を拭いていた。
俺と違って、血でかなり汚れていたから、それが拭い取れて気持ち良さそうだ。
「ありがとうございます、お気遣い、感謝します」
陽にきらめく金髪を靡かせて、エリアスが笑顔で礼を言う。
こうして見ると、主従揃って煌びやかな顔をしている。
俺の隣の椅子に腰掛けながら、「どういたしまして」とはにかむユキは、年頃の女達が見惚れそうな二人にも、そういった意味では興味がないようだ。
強面の自覚はあるので、ユキの反応を見て、密かに安堵する。
「それで、護衛はどうしたんだ? 旅をするなら、商会の専属護衛をつけるか、冒険者を雇うものだろう?」
最初から気になって仕方がなかったことを聞けば、エリアスが顔を顰めた。
「3人パーティの冒険者を雇っていたんですが、盗賊を手引きして逃げました。私が直接依頼したわけじゃなく、店のほうで手配してくれた冒険者だったんですが……」
裏切られたときのことを思い出したのか、リゼルも険しい顔つきだ。
普通、冒険者が護衛の商人を裏切る事はない。
商人が殺されてしまえば、依頼が達成できないだけでなく、場合によっては高額な賠償金を支払わなくてはいけなくなるからだ。
運ぶ荷の規模によって賠償金の額や条件は代わるから、オルコット商会ほどの大手の護衛依頼を、盗賊から手に入るはした金程度で失敗する馬鹿はいない。
「二人がもし死んでいても、二人の護衛を受けた記録は冒険者ギルドに残っているはずなんだが……。もしかして、商会内でエリアスの立場はあまりよくないのか?」
護衛を受けた冒険者が盗賊の手引きをしたとなると、護衛を受けた時の条件に、賠償金の支払いが入っていなかった可能性が高い。
でも、護衛依頼を出し慣れたオルコット商会が、そんな依頼を出す事はまずありえない。
もし賠償金の支払い義務がない依頼だったとしたら、性質の悪い冒険者をおびき寄せるために、わざとそういった依頼内容にしたのだと考える方がしっくり来る。
他人の事情に首を突っ込むのは気が進まないが、しっかりと確認しなければ、冒険者全体の評判にも関わるので、突っ込んで尋ねてみた。
商人は秘密主義の事が多いが、今は命の恩人という事で、少しは事情を話してくれるだろう。
商人の護衛は、冒険者にとっては大事な仕事の一つだから、この件が公になって、商人が信用できる顔見知りの冒険者にばかり護衛を依頼するようになると困る。
護衛依頼は長い時間を拘束されるだけあって、その分報酬もいい。
護衛依頼が受けられるはCランクに上がってからだが、商人が同じ冒険者ばかり使うようになると、Cランクになりたての冒険者の貴重な収入源が減ってしまうし、護衛の経験を積む事もできなくなる。
「先ほども話した通り、私は4男です。跡取りは、子供の中から一番商売人に向いている者が選ばれるんですが、父は私を跡取りにと考えているようです。身内を疑うのは嫌ですが、私だけ、兄達とは母も違いますから、私にだけは跡取りの座を譲りたくないと、兄達が考えているのも事実です。兄達の亡くなった母親の親族も商会で働いていますから、私の立場はあまりいいものではありません」
あまり公にしたいことではないが、俺が命の恩人だから話してくれるのだろう。
憂い顔でため息混じりに事情を説明する。
「まずは、次の街の冒険者ギルドで、ギルドを通した護衛依頼だったのか、確かめてみた方がいい。もしも、ギルドを通していない個人的な依頼だったとしたら、依頼主が誰なのかを突き止めれば、お前達を殺そうとした犯人も明らかになるだろう。どちらにしても、こうして盗賊が捕まって、お前達が生きている以上、その冒険者達は捕まる事になる。騎士団の事情聴取が終われば、真相は明らかになるだろう」
兄が自分達を殺そうとしたのかもしれないと疑うだけでなく、犯人なのかどうかを明らかにするのは、気が重いのだろう。
どうするのか決めかねた様子で、エリアスがお茶を飲む。
温かな紅茶を口にしたら少し気が緩んだのか、表情を隠すように俯いた。
例え跡取りの座を争っていたとしても、エリアスには大事な兄なのだろう。
俺もユキも何も言わず、エリアスが決断するのを待っていた。
いつもならば助けてもそこで終わりで、後は放っておいたから、正直なところ、こういった時にどうしたらいいのかわからない。
「ルーファスさん、こっち、きて」
ユキに誘われて、馬車の後ろに回った。
ユキは白兎から何やら荷台のようなものを取り出して、得意げに俺を見上げる。
可愛い表情に癒されながら、ユキの頭を撫でた。
「これに盗賊を乗せて、引っ張ったらいいと思うの。これ、馬車の後ろに連結できるから」
凄いでしょ?と、無邪気な様子で自慢しながら、褒めて欲しがるように頭を寄せてくる。
片手で頭を撫でながら抱き寄せると、甘えるように抱きつきながら笑顔で見上げてきた。
可愛すぎるだろう、ユキは。
「こんなものまで持っていたんだな。盗賊を全員乗せたらかなり狭いと思うが、それくらいは我慢させればいい。立ったまま乗せれば、全員乗るだろう。これに乗せて次の街まで運んで、さっさとこの騒動は終わらせてしまおう」
盗賊を引き渡して、冒険者ギルドまでエリアスたちを案内したら、後はまたユキと気侭に馬車で王都に向かいたい。
とはいっても、王都まで馬車で一日くらいの距離しかないんだが。
俺のささやかな望みは、残念ながら叶えられる事はなく、結局はエリアスを護衛しながら王都に向かう事になるのだった。




